天使の寄り道6 

2018/01/25(木) 原作の隙間1788冬



ジュリの容体は一進一退しながらも少しずつ回復の兆しを見せていたが、予断のならない状態であることには変わりなく、リュカを託せる可能性は期待できなかった。

オスカルとアンドレのリュカ養育計画会議は、現実的案として適切な養子先を探すことを決定した。父親捜索の是非については保留のまま置かれていた。どちらの案件も、最終的には唯一の肉親であるジュリの意向を尊重することになろうが、彼女の状態はまだ意思決定できるような段階ではなかった。

しかし、万が一の場合に備え、オスカルとアンドレはジュリの意思確認を慎重に進めておくことを考えた。

ジュリはまだ順序だてて長時間の話ができる状態ではないので、交代で世話にあたるマロン・グラッセやマルゴ・フォンティ―ナなど、彼女に関わる侍女が何かを彼女から聞き取った場合、内容は全てアンドレに報告され、記録されることになった。

ジュリは比較的饒舌な日もあったり、一日中目を閉じて黙っている日もあったが、本人のペースが尊重され、無理に問い質されることは決してなかった。アンドレは情報の断片を時系列に沿って丁寧に並べ替え、整理した。

「ジュリから得られた情報は今のところ、これで全部だと思う。あとは必要に応じて裏付けを取れば、もっと状況が詳細に見えて来るだろう」
本日もリュカを抱えたアンドレと作戦会議と相成ったオスカルだった。
「うん、全部通して読み上げてくれ」

「カトリーヌがおまえと会った可能性が高いのが、ル・コック亭だ。覚えているか?去年の丁度今頃、衛兵隊の全兵士とおまえの隊長就任一周年記念を祝った居酒屋だ。

大人数だったから、三人ほど臨時女給が雇われたんだが、彼女はそのうちの一人だった。彼女はそのままル・コック亭で五か月ほど働いたが、今年の四月に辞めている。その理由を姉は聞いていない。

その後はブフヴァ精肉で荷出しの仕事についたが、腹が大きくなってクビになった。それからは時々繕い物の仕事を得ては家で作業していたが、ほとんど稼ぎにならなくて生活は苦しかったそうだ。

ジュリは弁護士事務所でまかないの下働きをしていた。給料は安かったが食材の余りを貰うことができたので、妹を何とか支えていた。しかし、妹が私生児を身ごもったことが知れるとクビになってしまった。

法律家は信仰よりも理性を重んずるかと思いきや、そうでもないらしい。私生児を産む身内がいる者を雇っていることがばれたら、顧客離れが起きると恐れたらしい。それが今年の九月初旬だ。

それ以来、姉妹は日雇いの仕事や内職で命を繋いだが、月の半分しか仕事にありつけなかった。弁護士事務所の厨房料理人のおかみさんが気の毒がって余り物を回してくれたので九死に一生を得たこともあったらしい。

物乞いも経験した。これは俺の推測だけど、窃盗もしたんじゃないかと思えるふしがが話の端々に見える。ここジャルジェ家が王家に仕える将軍家と知って警戒しているから、具体的なことは言わないけどね。

カトリーヌが身ごもったせいで職を失い、日陰者と指さし蔑まれ、元凶の元になった男を恨んだけれど、生まれて来る赤ん坊だけは何としてでも助けたかったから、自分の食べる分はギリギリまで減らしてカトリーヌに食べさせた。カトリーヌも泣いて許しを請いながら姉の分を食べた。

しかし、カトリーヌが出産する直前には本当に何も食べるものが無くなって、産婆を呼ぶことも出来なかった。出産を助けてくれたのは、近所に住んでいた年配の娼婦だった。彼女は仲間の出産を何度も手伝ってきたので経験上の知識があったんだな。

カトリーヌには出産に十分な体力が残っていなかったが何とかリュカを産み落とした。しかし、出血が止まらないまま高熱を出して二日後に亡くなった。

ジュリはリュカだけでも助けたい一心で、カトリーヌの呼吸が止まった後もリュカに母親の乳を含ませていたそうだ。たった一人の身内だった妹が死んだ以上、リュカを助けるためなら神に背いてもいいと思った。

しかし、そんなことは半日も続かない。リュカのミルク代のためならカトリーヌも許してくれるだろうと、彼女の遺骸を医学生グループの解剖学教材として売った。自分が地獄に落ちてもリュカは生かしたかった。

でも、本当はミサもあげてやれずに、身体中切り刻まれて捨てられる妹のことを思うと気が狂いそうだった。それでも、妹の遺骸を売って手に入れた現金と、わずかな持ち物や家具と引き換えに、あちこちでリュカのためにもらい乳をして回っていた。

そんなことが続けられるのもあと数日、自分の体力もいよいよ尽きかけていることを自覚した日、ジュリは衛兵隊本部の門をくぐった。以上、要点をかいつまむとこんな感じだ」

アンドレは、事実のみを淡々と列挙するように努めた。オスカルは愛用のひじ掛け椅子に身を沈め、静かに目を閉じたまま聞いている。

「そんな生活の中で、カトリーヌはおまえからかけてもらった言葉を思い出し、姿を思い出しては、絶望と戦った。おまえを思うことで、この世には理解と愛があると信じた。そうやって自分とリュカを生かしたんだ。最後の一瞬まで」

オスカルが身じろぎする気配がしたが、アンドレは場の主導権をオスカルに託して静かに待った。リュカがアンドレの腕の中で、赤ん坊特有の木の実を転がすような声を出す。アンドレの低い声と心臓の音が心地よいのだろう。

オスカルが黙ったままなので、アンドレは彼女が情報を整理する時間を待つ間、優しくリュカをゆすりながら低く話しかけた。オスカルの思考を妨げないように、歌をハミングしているようにおさえた音量で。

「おまえに今聞かせる話じゃなかったな、ごめんよ。つまりだな、おまえの母さんと叔母さんは命がけでおまえを守ったんだ。おまえを守るために世界中を敵に回しても悔いがないほど、おまえを愛していたんだよ。それだけは覚えておけ。いや、大きくなるまではそれだけを知っていればいい。おまえが成人するまで守り通せなかったことを恨むんじゃないぞ。おまえが生きてこの世にいることが、おまえが愛されていたことの証なんだからな」

リュカがもぐもぐと口を動かしながら小さな両手で自分の頬を掴むようなしぐさをした。オスカルはまだ黙ったままだ。アンドレはリュカのぷくぷくした頬を指で触れた。赤ん坊はその指の方向に大きく口を開ける。

「いい子だ。今は飲んで食って大きくなれ。おまえの誕生に関わることは一つ残らず記録しておいてやるからな。大人になって、世の中のことが理解出来たら読むんだ。いい話ばかりじゃないが、だからこそ母さんや叔母さんの偉大さがわかる。愛の深さがわかる。それがわかる大人になれ、リュカ」

アンドレの腹に小さな足で蹴りが入った。日に日に強くなるこの成長スピードは驚異的だ。自分は一生子を持つことはないだろうけれど、奥様のお蔭でいい経験をさせてもらったとアンドレは感謝した。もう少し大きい子供に振り回される経験は、ル・ルーのお蔭で(よく言えば)堪能したことだし。

いつまでもオスカルが口を開く気配がないので、作戦会議はまた日を改めることを提案しようとアンドレは赤ん坊から目を上げ、オスカルを見やった。果たしてオスカルは真っすぐアンドレを見つめたまま両頬を涙で濡らしていた。形の良い顎から涙がしたたり落ちるほどに。

「オスカル…」
アンドレは一瞬、オスカルの頬をつたう涙になりたいと思った。そして、その不毛な欲望を慌てて振り落とすと、急いでポケットを探った。リュカ用にじゃかすか使える綿手拭いが数枚見つかったが、常備しているはずのオスカル用の絹のハンカチがない。ポケットの中身はいつの間にかすっかり赤ん坊仕様になっていた。

まあ、今はオスカル差し置いて主人公になっているのはこの子だし、これはこれでこの場面に相応しい。アンドレはリュカを片腕に抱えたままオスカルの正面に跪いた。リュカがいると、オスカルにくちづけ出来るほど正面から接近しても平静でいられる。

それでも、くちづけポジションよりは節度ある距離を保ちながら、赤ん坊のよだれ拭きでオスカルの涙を拭った。何も尋ねる必要はなかった。その涙がオスカルの気持ちを全て語っている。しばし見つめ合うと、二人の心が一致していることが互いの瞳から読み取れた。

リュカごと、オスカルも一緒に抱き抱えたい思いがアンドレの胸を熱くする。恋の熱さとは違う、家族を愛おしむ想いとはかくやあらんと想像できる温かいものが体中に満ちる。自分には守るべき家族を持つ経験などないはずなのに、なぜかそれを知っている。

しかも、オスカルも寸分たがわず自分と同じ思いだろうと、不思議なほど確信じみた感覚まで腹に居座った。何という不遜な幻想なのだろう。アンドレは熱い衝動に任せて身体が動いてしまわないように、蒼い瞳からこぼれ落ちる水滴を吸い取ることだけに集中した。

よだれ拭きがオスカルの涙をあらかた吸い取ると、アンドレは静かに立ち上がり、空いている右腕でオスカルの頭をそっと抱いた。精一杯の制御を自分に課して。

オスカルは逆らうことなく、アンドレの腰のあたりに脳天を預けた。赤ん坊と、オスカルの頭。両方を腕に抱え、同時にあやすようにゆっくりとロッキングさせていると、オスカルの頬に新たな涙が流れ落ちる感触があった。

生憎腕は二本しかない。涙を拭うサービスは今後セルフでお願いすることにして、アンドレはオスカルに新しいよだれ拭きを握らせた。『なんだこれは』とか何とかブツクサ言う声が聞こえたがさっくりと無視し、アンドレはゆっくりと金色の頭を揺らし続けた。鼻を何度か啜る音がして、アンドレは自分の名が呼ばれるのを聞いた。

「何?」
「思い出した。カトリーヌ」
「え?」
「ル・コック亭で、おかみさんに怒鳴られながら必死で給仕していた娘だ。給仕には慣れていない様子だったが、一日ごとに動きが良くなって、三日目には店全体を視野に入れて配膳も下膳も料理や飲み物の補充も出来るようになっていた」

アンドレは感心した。連隊長の立場が培った目は伊達ではない。その視点で見ると、どんな仕事でも一人の人間の動きの進化がクリアに見えるのだ。そうか、あの娘のことか!オスカルの記憶が呼び水となり、アンドレも非常に気持ちの良い接客をした娘がいたことを思い出した。

「もしかして、ちょっとディアンヌに似た感じの明るい栗色の髪の娘か?おかみさんにどんな理不尽な罵声を浴びせられても、客に向ける笑顔が変わらなかった娘だ。接客は初めてだろうに、教えられてもいない基本姿勢を場から学び取る勘のある子だと感心した」
オスカルはそれを聞いて弾けるようにアンドレを振り仰いだ。

「そうだ!あのおかみは口が悪かったからな。別の娘は頬を膨らまして不平一杯だったし、もう一人の女給は少しあだっぽい感じで、気に入った兵士に媚びを売り、チップが出ないとわかると手のひらを反すように邪険にしていた。アンドレ、わたしたちは同じ娘を指しているか?」
「多分。大きな瞳がいつも潤んでいるような娘だ。おまえ、よく覚えていたな」
「わたしは座って見ている立場だったからな。おまえは…」
「女給らと一緒に公平な配膳と兵士同士の喧嘩防止パトロールに走り回っていたっけ」

二人は協力して大きな獲物を仕留めた時のように顔を輝かせ、気づくとハイタッチしていた。アンドレはスツールを引っ張って来ると、オスカルの斜め向かいに腰を降ろし、リュカを膝の上に抱き直した。

「おまえ、いったいどんな魔法をカトリーヌに使った?」
オスカルはややきまり悪そうにアンドレを見返すと、珍しく頬を赤らめた。少女みたいな反応をするなよ。と、アンドレは少年のようにときめく胸をなだめるはめになった。

「なにも。少し話をしただけだ。一日目には兵士の気の利かなさを詫びた。自分たちが騒ぐばかりで給仕の手が足りないことに気づきもしない、協力しようとしない部下らに代わってな。三日目には、カトリーヌの手際が格段に良くなったことを褒めた。あとはおまえも知る通りだ」
「なるほど」

アンドレは納得した。そんな風に自分の努力を認めていてくれた人がいたなんて知ったら、しかもそれが夢の王子様のような麗人だったら。若い娘なら、心の中にオスカルを住まわせる神殿を建てずにはいられないだろう。

アンドレは更に思い出した。三日間の宴会が終わった後、宴会を取り持ってくれたル・コック亭の夫婦とは別に三人の女給たちにも礼としてチップを渡した時、オスカルが三日間の激務への労いと、ノエルの祝福の言葉を贈ったのだった。

アンドレにとって、オスカルの振る舞いはむしろ当たり前のことで何の違和感もなかったからすっかり忘れていた。しかし、今思えば、肩章や立派な階級章を身に付けた高級将校が一介の女給を労い礼を言うなど、彼女たちにとっては想像の域を超えた出来事だったことろう。

その時、二人の作戦会議に協力するかのように、それまでおとなしくしていたリュカが、鳩が鳴くような可愛らしい声で喉を鳴らした。
「ふふ、おまえもそう思うか、リュカ」
アンドレが目尻を下げたのにつられてオスカルもリュカを覗き込み、二人の肩が触れ合った。オスカルは身体の接触にまったく頓着する風もなく肩を預けるように寄せ、赤ん坊をまじまじと見つめてからアンドレを見上げた。
「思うって何をだ」
蚊帳の外に置かれた不満がありありと顔に出ている。そんな無防備な姿を見せてくれるオスカルがアンドレにはこの上もなく嬉しい。

アンドレの鼻先をオスカルの髪がふわりと掠めた。今日は珍しく柑橘系の香油を湯に落としたらしい。良かった。これがガーデニアなんかだったら狼男の目が覚めてしまうところだ。アンドレはオスカルの問いには答えず、そっとオスカルの膝にリュカを置いた。

「おい!落としたらどうする!」
オスカルの肩がにわかに緊張した。
「落とさないよ、座っている限り」
「し…しかしっ!」
「ほら、この間教えたように頭はしっかり支えてやって」
「教えただと?おまえだってつい先日まではあたふたと…おっとと」
「そう、上手いじゃないか。肘に後頭部を乗せて同じ腕の掌で尻を支える」
「おまえとはレバーアームの長さが違うんだぞ、簡単に言うな」
「いやいや、おまえの腕の方がフィットするはず…ほら!」

アンドレの言うように、リュカはオスカルの腕にぴったりと収まった。アンドレのように片腕で抱えるのは心もとないので両掌を交差して小さな背と尻を包み込むと、腕と掌にかかる温かな重みは、たちまちオスカルの心と体に変化を起こした。

自分の子でもないのに、胸に満ちる愛おしさが今日一日の疲れや浮世の憂さと入れ替わってしまう。手先と足先が温まって心臓の鼓動も呼吸もゆっくり静かに凪いでいくのを感じる。五感は自然に赤ん坊に集中し、まるみと弾力、乳の匂い、綿毛のような髪、鳩尾に入る蹴りをいつまでも楽しんでいたいと思ってしまう。

この小さな神の創造物には人を虜にする力がある。絶え間なく胸に沸き起こる愛しみの不思議に軽く恐慌を起こしてしまいそうだ。

そんなオスカルの心中を知ってか知らでか、アンドレはスツールに浅く腰を降ろすと、両ひざに肘をつき、前かがみの姿勢を取った。何かあれはすぐに手を差し出せる距離を維持する。

「抱いていると、何となくわかるような気がしないか?こいつの考えていることが」

アンドレの問いにオスカルは答えなかった。赤ん坊のぬくもりとぷくぷくした触感、目的もなく握り開きを不思議なリズムで繰り返す小さな指など、赤ん坊が全身で表現している何かは伝わって来るのに、それはどんな言葉でも言い表すことができないものなのだ。

他人の子でもこれほど愛しいのに、もし我が子を腕に抱くことがあったなら。しかも、この世でただ一人と定めた愛する人の子であったなら。それは、自分が想像できる幸福をはるかに超えた喜びであるだろう。もし、それを知ってしまったら、今までのわたしは崩壊してしまうのではないだろうか。

オスカルは、踏み込んではいけない領域に足を踏み入れてしまったような後ろめたさを覚え、はっと我に返った。すると、よく見知った幼馴染の優しい瞳と間近で視線が交差した。オスカルの心臓がドキンと跳ね上がる。もしも我が子を腕に抱くことがあるのなら、それは…。

「どうした?オスカル」
幼馴染が気遣うように問う。オスカルの意識は急激に煙幕で包まれたように真っ白になった。今は、これ以上見てはいけないと何かが警鐘を鳴らしたように。オスカルは立ちどころにいつもの自分が戻って来るのを自覚した。

オスカルはもう一つ、別の危機が迫っていることを知った。数日前までは知らなかった感覚をオスカルはいつしかキャッチできるようになっていたのだ。
「アンドレ…やばい…ぞ」
「実弾か」
「そのようだ」
「動くなよ、オスカル」

アンドレは、忙しく上着を脱ぐと、それを広げて何やら不穏な動きを見せ始めたリュカに被せるようにそっと包んだ。

「いいか、出来るだけ動かさないようにこどもを俺に渡せ」
アンドレの上着越しに、二人の腕が重なった。ジレに包まれた厚い胸板に鼻先を埋めたければ、それはすぐ目の前にある。オスカルはこのところ馴染みになっている胸の痛みにまた襲われ、それに耐えた。

それだけは、いかにアンドレが行き届いた従者であっても、オスカルの言外の要求を読むことに長けていても、彼には察知できないものなのだ。オスカルが言葉に出して彼に告げるまでは。オスカルはそれを知っていた。その前に、まだまだ考える必要のある未整理の問題が山積している。

アンドレは器用にオスカルからリュカをくるみ取った。リュカはいよいよ不満げに手足をばたつかせている。危険な兆候だ。ミルクを主食とする新生児の実弾は、実は弾ではないからだ。二人とも、それを口に出しはしなかったが、お互いにその危険を承知していることを合わせた眼差しで確認した。

「ちょっとこいつを乳母に返してくる」
「おお」

アンドレは上着で慎重にくるんだリュカを両腕で抱え、オスカルは彼のために扉を開けてやった。二人の立場から見れば、あるいはマロン・グラッセがその現場を見れば、あり得べからざる不作法であることは間違いないが、二人ともそれが嬉しかった。

オスカルは去ってゆくアンドレの後姿を見送りながら、急に寒々しさを膝の上に覚えた。そして、自分がすでに一つの結論に達していることに気がついた。

―やはりリュカの父親を探し当てよう。多分何も知らないでいるだろうそいつに、姉妹の辿った軌跡をつぶさに知らしめてやる。それを知った時の反応如何によっては、厳しく追及してやる。場合によっては…首を洗って待っていろ。

いや、ちょっと待て、わたし。最初から制裁ありきが目標ではないぞ。リュカの存在を知った父親なる人物が、どんな形であれ親の責任を果たす気になればそれでいい。もっと理想を言えば彼を慈しみ受け入れて欲しい。それが一番望ましい結果だ。

母と叔母だけでなく父にも愛されている自分という自己価値をリュカは持つことができるだろう。本当は誰に愛されようが愛されまいが、人間の絶対価値には何ら影響はない。養育環境だけの問題なら私はそれを与えてやれるし、後見人にもなってやれる。

だが、幼少期に実両親の愛を実感できるなら、リュカは自信を持って人生をスタートできる。それは、将来のリュカの人格形成に大きく寄与するはずだ。そうでなかった場合には…その時こそ覚悟せよ。だ。

「よし、やるぞ」
オスカルは自らを鼓舞するようにガッツポーズを決めた。硬く握りしめた拳からは、ひよこ模様がワンポイントで刺繍されたよだれ拭きがはみ出していた。


              続く



スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。