社長室シリーズ番外編4

2020/07/14(火) 他サイト掲載作品

プランBに気をつけろ!

 

さて、話をちゃっちゃかと進めます。
妄想啓蒙活動は、順調に進んでいるかに見えました。諜報活動の合間の時間が勿体ないと、アンドレが啓蒙活動に参加したことによって、やたらとむきになってしまったオスカル社長が、飛ぶ鳥を落とす勢いでがんがん束にしてターゲットを落としたからです。

いやそれはもう目立ちますよ。オスカル社長、もとい妄想隊長がマジになれば。アンドレは慌てて妄想隊長のガードを固めることに徹することにし、目立ち過ぎる派手なナンパ、いえいえ啓蒙活動に反応する輩の出現に目を光らせました。

一方平隊員達は、もう足を引っ張っていると言うより他のないお粗末な仕事ぶりでした。殆どただの邪魔。刑務所にマイベッドを確保したようなもので、不審者、ストーカー、悪徳キャッチセールスと思われて、誰かがしょっ引かれない日はありませんでした。

オスカル妄想隊長の怪進撃があまりにも凄まじかったので、彼らのいらん仕事の弊害は、相対的に見てカエルの面にショ○べ○でしたたけどね。

唯一好成績だったのがダグーおっさんで、彼は老若男女にバランス良く受けたようです。パリの妄想人口は破竹の勢いで広がっていきました。最初はベル風邪に確実に感染していると思われる常連顧客がターゲットでしたが、妄想は一度習得すればあとは自転車に乗れるようになるのと同じですぐに自由に操れるようになります。

一人に伝授してその人がその幸せ効果とパワーアップを実感すると、その人の家族友人にも妄想が伝えられます。そしてその友人を通じてさらに広がり、妄想人口は乗算的に増えていきました。

そんな時、ドゲメーネ衛生研究所と、そのスポンサー兼親会社で大国Uに本社を置くガメツーイ製薬パリ支社にしつこく取材の申し込みをしていたベルナールが消息を絶ちました。同じ頃、すっかり憔悴したロザリーの部屋と、社長室が荒らされ、完璧なセキュリティーシステムでハッカー対策は万全のはずのコンピューターから古典的な手動法で情報を引き出そうとした後が見て取れました。

「ロザリーの部屋まで荒らすとは、欲しがっているものはこれに違いないな」
オスカル妄想隊長は指に光る金色の指輪を掲げて見せました。その指輪には極小メモリーチップが埋め込まれ、ベル風邪リサーチが全て治められていたのです。

「オスカル、俺に持たせろ。危険だ」
「だめだ、おまえは天然だからよけいに危ない」
「はあ?」
オスカル隊長、まだ根に持っています。

直ぐにでもドゲメーネ衛生研究所に乗り込むと、鼻息を荒げる社長を何とか押し留めたアンドレは、試行錯誤の後、ドゲメーネ衛生研究所のマザーコンピューターへハッキングに成功しました。

厳重にロックされたファイル内に侵入することは出来ませんでしたが、施設の構成、研究設備、セキュリティシステム、職員プロフィール、勤務体制などがわかりました。

アンドレは急ぎ偽IDを数人分作成しました。それから手袋。登録されていた職員の指紋を写し取った人工皮膚の優れものです。

さて、高性能コンピューターを積んだバンに乗り込んだのは当然ながら妄想隊長、ハッカーアンドレ、ダグーおっさん、アラン、ピエール、ラサール、それからどうしても行くと頑張ったロザリー。急ぎ、ドゲメーネ衛生研究所裏に乗りつけました。

「いいか、今回はベルリサーチに関係する手がかりを探すところまでだ。深入りするな。偽IDと指紋照合で侵入できるのは第3セクターまでだ。その先は声紋、網膜チェック、とさらにセキュリティーが厳しくなる。建物の構造は覚えたな? 万が一の脱出経路とその時々の現在位置との関係を常に頭に置いておけ」

忙しく機器をセットアップしながら、アンドレが手順の確認をします。
「言われるまでもねえよ、俺らプロ…」
社長がアランの腕をぎゅうううっとつねり、彼を遮りました。

「第3セクター後はおまえの情報操作でチェックを潜れるのだな」
「理論上は可だ。だがテストは不可能だ。やってみなければわからん」
「ふふん、慎重なやつめ。おまえがそう言う時はほぼ100%完璧なことは知っているぞ」
「オスカル!」

「わかっている。今日は深追いしない。ベルナールの足取りとベルリサーチの行方を探るまでだ」
「頼むぞ。ここでばれたらもう二度と侵入できなくなる。では皆、もう一度イヤホンとマイクロカメラのチェックだ」

偽セーヌ水質調査団に扮したHotel de Jardjais 御一行様は、あらかじめとっておいたアポに従って、ドゲメーネ衛生研究所の正面玄関から堂々と潜入しました。
アンドレが一人バンに残り、全員の現在位置をモニターで追い、指示を出します。

何がいやってこういう役目が一番きついアンドレでした。情報処理が誰より確実な彼だからどうしてもこういう役割分担になってしまいます。

オスカル社長の切れのいい頭脳は、あらかじめ立てたプランよりも現場では遥かに先を読んでしまうので、生きた心地がしないのです。本当は機械などほっぽり出して、後を追いたいアンドレでした。

施設見学の上、条件が合えば合同研究の相談をしたいという建前の御一行様は、オスカル社長の機転の利く話術で、(言うと怒られますから内緒ですが、その圧倒的な美貌と眼力で相手をめろめろにして)普段なら見せてもらえない研究室や資料室まで案内してもらっています。

その全てを彼らが身につけているセーヌ水質調査団IDや胸にさしたペンやバッグに仕込まれたカメラが映像を捕らえ、アンドレの元に送られます。アンドレはその中から引っかかる点はないか慎重にチェックしました。

『オスカル、変だ。おまえと案内役の会話や推定歩行距離と、モニター上の移動軌跡とが一致しない。右手に何が見える?』
アンドレから通信が入りました。

『今は中庭に面したホールを北北東へ進んでいるはずだ』
オスカル社長はポケットの中に忍ばせた手動の電信符号で答えます。
『中庭?ではそっちの方を向いてくれ。ああ、確かにそう見えるが、一回りできるか?』

「ときに余談ですが、実に素晴らしい庭ですな。わたしも最近は庭いじりの楽しみを覚えまして、こういったものを見ると興奮が抑えられないのですよ。5分で構わないのだが、庭に出てはいけないだろうか?」

「申し訳ありません。この庭は全てコンピューターロボットが管理していまして、人が入るようには出来ていないのです」
「ほう、確かに張り巡らせたガラス窓には出入り口が見あたりませんな」
「ご期待に添えず残念です」
「なに、素晴らしい技術をお持ちだ。これからの発展が楽しみです、ははは」

アンドレからまた通信が入りました。
『わかったぞ。この研究所は完全に二重構造になっている。中庭に見えるのは巨大パネルに映し出された映像だ。裏の研究施設か何かがあるに違いない。俺が入手した設計図は表向き用だったんだ。一旦戻れ、作戦を練り直そう』

「もう少し探ってみる」
思ったとおりの返事。アンドレは頭を抱えてどっさりと座り込み、諦めたようにキーボードに手を伸ばしました。

ピーッ、ピーッ。偽調査団が案内された応接室のドア際の赤い警報灯が点滅しました。俄かに辺りが騒がしくなります。

『時間に正確な奴だ、予定通りだな』
オスカル社長はちょっと驚いた風を装って案内役の若い研究所員に尋ねました。
「どうされた?」
「は、はあ」

青年は言いにくそうに顔を歪めて笑いました。
「実は…詳しくは申し上げられませんが、違法侵入者の警告です。えっと、その警告には段階がありまして…」

「ああ、失礼。それ以上はお聞きしませんよ。部外者にシステム上の機密を漏らせないのは当然だ。お見受けしたところあなたにも召集がかかっているようだ。どうか我々にはお構いなく。今日のところはこれで退散しましょう。また日を改めてお伺いしたい」

にっこりと悠然と微笑んでそう言われてしまっては、免疫のないお兄ちゃんはイチコロ。
「お、お、お察しくださって有難うございます!」
大丈夫かね、このおにいちゃん。顔が真っ赤だぜ。隊長も悪だな、と面白がるアランと、後ろ髪を引かれるような表情のロザリーを促して社長が立ち上がりました。

退出口はわかるので案内不要、と青年の背をポン、と叩き、オスカル社長は妄想隊員を引率してロビーまで戻りました。するとたった今到着したカーキ色の制服を纏った警備員数十名とすれ違ったのですが、その中からそばかす兄ちゃんと、ちっこい団子鼻の丸顔君がすれ違い際に指でブイサインを投げて来ました。
何か心配です。

受付のお姉さんを社長が虜にしている間に、妄想隊員は研究所に警備員のなだれ込む隙を狙って研究所に逆戻りしました。オスカル社長も夢見心地に隙だらけになった受付嬢をかわしてすぐに追いつき、アンドレは防犯モニタージャックに取り掛かりました。

妄想隊が案内されている間に録画しておいた各防犯カメラが捉えた映像を呼び出し、囮侵入者の映像を合成します。そして偽情報を中央警備管理室に送り、それと連動した箇所の警報が鳴るように操作します。

警備員に紛れ込んだフランソワとジャンには逐一妄想隊員の所在地と進行方向が知らされるようになっていました。妄想隊員は急いで着ていた白衣を脱ぎ捨てるとドゲメーネ衛生研究所研究員の制服姿になり、アンドレが作った偽IDを首にかけました。

アンドレは巧みに偽侵入者をちょろちょろと逃げ回らせ、妄想隊員から職員の目を引き離します。中央管理警備室では非常事態に向け、全カメラをオンにしました。
広い管理室の壁面一杯にモニターが映し出されます。その数約500。

『しまった、これでは把握しきれない』
一瞬肝を冷やしたアンドレでしたが、気を取り直して複数のパソコンを立ち上げ、それでも最善を尽くすべく、妄想隊員をモニター上で追いながら防犯カメラが彼らを映さぬよう必死で画像をチェックしました。

すると、見慣れた顔がいるではありませんか。ベルナールです。防犯カメラには映るのですが、モニター上では彼の所在を特定することができません。

『やはり存在を消している研究施設があって、あいつはそこに囚われているんだ。どうしたものか。場所を探す手がかりは防犯カメラの映像だけか。いや待てよ。はったりをかまして見るか』

アンドレは先ずオスカルにロザリーに注意するよう促してから事の次第を連絡し、その後隊員全員に通信しました。

『ベルナールを見つけた。元気だ。だが場所は裏研究所らしい。ここからでは追えない。救出は今回予定外だが見つけた以上見過ごすことはできない。どうする』
『決まっている。プランBだ』
『もごもごっ』
これはオスカル社長に口を塞がれたロザリー嬢。

『了解。プランB。これから囚人が脱走したと偽警報を発令する。必ずベルナールが捉えられている独房に研究員か警備員が駆けつけるはずだから、動向に注意しろ。それから今後接触する研究所職員には出来る限り発信チップを取り付けてくれ、その数が多ければ多いほど連中の動きで、裏研究所の構造がわかる』

もうすでに手持ちのIDカードと指紋照合で行き着ける第3セクションまで進んでいた妄想隊員は次に起こるパニックに備えます。

『この先へ進むにはどうすればいい?可能だと言っていたな』
『それには一人一人についての声紋と網膜パターン情報を其のつど登録し直さなければならない。手間がかかりすぎる。複数が一度に突破すするには…荒っぽいが全館防犯システムを一時的に同時誤作動させる。そうすれば全てのセクションが通行不能になるから仕方なく手動に切り替えるだろう。ただし大騒ぎになるぞ』

『上等だアンドレ、やってくれ』
『よし、充分注意しろ。脱走警報を発令した5分後に決行だ』

ベルナールは何とはなしに、空気の緊張を感じていました。真っ白な壁に囲まれた何の飾りも色彩もない部屋で無菌状態で管理されてもう3日。かなり参って来ました。でも何か外で起きているような気がします。そこへ鳴り響く警報。

「N第1セクション4号塔、実験番号103号が脱走した。至急近くの職員は拿捕に向かえ。繰り返す。N第1セクション…」
人事のように最初は聞いていたベルナールですが、「実験番号103」と、ここから脱走することを考える奴もいる事実に、飛び起きました。そして。

『実験番号103だって?聞いたことがあると思ったら、俺じゃないか!』
訳はわかりませんでしたが、彼の勘はこれが又とない脱出のチャンスであることを告げていました。

音もなく独房の扉がスライドを始めました。この実験室は実験に使う人間からあらゆる不定因子を取り去って正確な結果を出す為に、音すら囚人から取り上げているのでした。

ベルナールはぴったりと開きつつある扉の横に背をつけ、入ってくる警備員の姿が見えるな否や、思い切り首筋に当て身をお見舞いすると、目を回した研究所員が慣れぬ手つきでおっかなびっくり持っていた短銃を抜き取り慎重に構えながら廊下に出ました。

廊下へ出ると。
「いたぞ!やっぱり脱走していやがった。捉えろ!」
「むしろ、脱走させられているような気がするんだけどな」

そんなベルナールの呟きなど頓着なしに、数人の研究所員が追いかけてきました。
幸い武器を携帯した警備員はまだ到着していませんでした。実はその頃、警備員に紛れ込んだフランソワとジャンがデタラメに他の警備員を引っ掻き回していたのでした。

「あっちだ!あっちに逃げたぞ!お化けみたいな巨大な大男だ。マシンガンを持っている、気をつけろ!」
「あ、あ、あそこの空調ダクトに逃げ込んだ!すっごい美人だ!あ、か、可愛そうに胸がつ、つかえて苦しんでる!た、助けてあげなきゃ!」

そのおかげでN第1セクション4号棟に警備員が辿りつくまでもう少しかかりそうでした。思いの他いい仕事ぶりと褒めていいのか、ただ素を出していただけなのか、理解に苦しむところです。

さて、こちらでは丸腰のインドア派学者なぞ恐れるに足らじと、そのまま突破を試みるベルナール。
「うおりゃあああああっ!」
一人の足をすくい、もう一人を一本背負いで投げ飛ばし。ルグラン中学校で柔道部に入っていて良かった、と感慨に耽る間もありません。当然です。

ところが、ついにがしっともう一人の初老の男に羽交い絞めにされてしまいました。けれどよくよく観察すればそのおじさんの膝ががたがた震えています。振り切れる!と踏んだベルナールが思い切り腕に力を込めた時。ホールの反対側からさらに数人の職員が駆けつけて来ました。

今度の相手は若くてアウトドア系に見えます。制服も警備員のようです。武器も携帯していることでしょう。

「おおお、助かった!こ、この男だ。早く取り押さえてくれ!」
羽交い絞めにしている背後のおじさんの方が、悲鳴のような叫びを上げました。結局これまでか、万事休す、とベルナールは落胆しかかりましたが、その時です。

走って来た警備員に取り押さえられると思った次の瞬間。先頭切って走り寄った警備員は、後で羽交い絞めしているおっさんごとベルナールに飛びついたのでした。

「ベルナール!ベルナール!良かったわ、無事だったのね!」
驚愕のあまり口をぱくぱくさせるベルナール。それにしてもなんと前からの抱擁の柔らかくいい匂いで心地よいこと。後ろからの抱擁の干からびて味気ないこと。まさに天国と地獄はワンセット。

「ロザリー…」
「心配したのよ、どんなに…ひいっく!」
ベルナールはロザリーの柔らかな頬に自分の頬を寄せ彼女の小さな頭を抱きかかえました。そして大切なその頬を確かめるように両手で挟み込むと、大洪水を起こしている彼女の顔を自分の鼻が触れるところまで近づけ…そして…

「きゃああああっ!何なのこれ!いやああああああっつ!」

そして…ベルナールは一時的に聴覚を失ったのでした。
抱きしめていたのはベルナールだけではなかったことに気づいたロザリーは、目一杯ベルナールごと自分が抱いていたものを突き飛ばしました。

おりしも後ろで伸びていたもう二人の研究所員がようやくよろよろと立ち上がろうとしていたところにおっさん付きベルナールが激突し、研究所員二人は再び気を失いました。

「ベルナール!どいて!」
「ど、どけと言われても…」

気絶した二人よりも、見かけによらず根性のあるおっさんは、まだ必死でベルナールにしがみついていて。

「…わたしのベルナールから離れて…」

社長仕込みのドス。その剣幕にひるんだおっさんが腕の力を緩めました。その隙を逃さずロザリーはおっさんの腕を両手で掴むと、

「よくも、よくも私のベルナールに酷いことをしてくれたわね!はあああっ!」
と見事一本を決めました。
「決まったわ」
フィニッシュポーズもばっちりと決まったロザリーでした。

「ブラヴォー!」
「ヒュウウッ!いかすぜベイブ!」
「かっちょええええっ!うさぎちゃあん!」
「私が仕込めばこんなもんだ。いい仕事だったロザリー!」
「きゃっ、いやああんとか弱くひるんで見せた隙の攻撃ってえのは隊長の教練にはなかたっすよ」
「ゆ、優秀な生徒は応用もきくのだっ!」

観戦組(?!)から大きな声援が上がり、その時になって初めてその他制服職員の正体に気づいたベルナールでした。

『何をしている!セキュリティシステムが修復されるぞ!閉じ込められる前に脱出しろ!』
その時、ベルナールを除く全員の耳に、アンドレの声が飛び込んできました。
『オスカル含め、こいつら全員まともじゃない。くそったれ!』

もし、プランBで最初の犠牲者が出るとすれば、それはきっと急性心不全を起こした自分に違いないとアンドレは厳しい現実を確信したのでした。

その後は出番の無かったアランとダグーおっさんの見事な連携で、皆は再び閉じられつつある各セクションの通過扉をかい潜りました。一般棟まで辿り着いたところで、フランソワとジャンが合流しました。

見かけ上は警備員に扮したままの二人は手錠をかけられて連行される格好のベルナールをストレッチャーに乗せ、アンドレの差し金の救急車に乗せ、看護師に姿を変えたロザリーとともに4人は脱出しました。

『よし、次はおまえ達だ。まだ偽者であることはばれていないな』
『大丈夫だアンドレ』

『脱走者は負傷して保護された、とシナリオ通りだが、まだ不法侵入者が見つからないのでセキュリティーガードの援軍がそっちへ向かっている。そうなると面倒だから、これからもう一度別の場所で騒ぎを起こす。その混乱に乗じて脱出路を誘導する、いいな』

『わかった…うっ!』
『オスカル!どうした何があった?!』

プランBの最初の犠牲者は…。

『オスカル!オスカル!』
『おっとそう騒ぐなって』
アンドレは聞こえてきた声に耳を疑いました。まさか、まさか…!
『ア…ラン…!』

『わりい、わりい、隊長はいただいて行くぜ、じゃあな』
『アラン…なぜ…なぜおまえが!』

『そうそう、隊長連れて俺らがずらかるまで変な気は起こすな。少なくともな、ここドゲメーネ衛生研究所内ではな。何考えているか判っているぞ。ここで俺らが偽者だとばらして隊長ごと取り押さえてしまおうってか。やめとけ。俺らの正体知らんのはおまえの方だからな』

『どういうことだ!』
『俺達の本当のボスはドゲメーネなのよ』
『なっ…!』
『グランディエ君…悪く思わないでくれ…』
『ダグーたい…おっさん!あなたまでが…!』
『…すまん…』

『オスカルに何をした!何が欲しい』
『何もしてねえよ。おまえが持たせてくれた催眠ガスでお休みになっていただいただけだ。ありがとさん』
『狙いは何だ!ベルリサーチか!それならここにある。欲しければ…』

『いんや、妄想隊長殿じきじきに来ていただかんと、用は足りんのよ』
『オスカルに触ってみろ、ただじゃ済まないぞ』
『どう済まないんだ?手荒なまねはしたくなかったが、ちと状況が変わってね。こっちもプランBに切り替えたってわけだ』

バン!アンドレは力任せに座っていたスツールを蹴倒すと、オスカルを奪還しに立ち上がりました。そこへ開いたままのバンの扉からスプレーを持った手がぬっと差し込まれ、プシュッと透明なガスが噴霧されました。

驚き目を見張るアンドレの意識は瞬く間に白い煙幕に覆われて行きます。薄れゆく意識の中、アンドレが目にしたのは、バンの扉から覗く泣きそうな顔をしたフランソワとジャンでした。

『嘘だ、こんなことは嘘に違いない』
バンの床に崩れ落ち、必至で遠のく意識を引き戻そうとするアンドレの努力も空しく、アンドレの手は中を切り、ばったりと落ちて動かなくなりました。

つづく

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