13.父と娘と息子

2017/09/03(日) 暁シリーズ
1789年7月23日

「ああ、そのままで良い」
「いえ、大丈夫です」
「血の気がありませんよ。無理をさせましたね」
「申しわけありません」
「私達が気が気ではありませんから、どうかそのままでいてください」そこまで言われて、俺は起き上がることを断念した。旦那様と奥様、あと、判別はつかない他の誰かの気配を少し遠くに感じる。控えの間で貧血と疲労で気が遠くなってしまった俺は、呼びに来た老執事デュポール爺に揺り起こされ、何とか同じ部屋の仮眠用寝台へ移動したのだった。

そこへ、旦那様と奥様が入って来られた。言語道断の醜態をお見せしてしまった。
「出歩いている、と聞いたのでな、もう良いのかと思えば、どうして酷い深手ではないか。医師が驚いていたぞ、無謀にも程があるとな」
何と答えてよいか、わからなかった。旦那様は責めるでもなく、諌めるでもなく、むしろ温く穏やかでいらっしゃった。先ほどの客人に対する厳しい態度は跡形もなく、ゆったりとした自然体だった。

「まあ、良い。長きに渡っての役目、ご苦労だった。任を終えたら直ちに帰還するが本筋であろうが、その深手では致し方あるまい。不問に処してやろう」
何のことだ?俺が任を終えた?帰還?
「何か合点がゆかぬか?」
旦那様は至極当然とばかりに問われた。
「任を終えた…のですか?」
俺は回らぬ頭を混乱させながら問い返した。まだ、先の客が残していったねっとりとしたいやな感覚が拭いきれない。旦那様の表情が見えないのも不安を煽る。

「役目を与えたのがあまりにも昔過ぎて忘れおったようだな。おまえに命じた職務は未来の家督の護衛だ。護衛対象がいなくなった今、おまえの役は終わった。なれば即刻主人の元に帰還するのが筋であろう。だがその体では動けなかったのも無理からぬ話だ。だから大目に見てやろうと言うのだ」
「あ…りがとうございま…す…」

俺は、やっとそれだけを言った。旦那様の言う通り、使用人である俺は命じられた通りオスカルの護衛として職務を全うしていたのであって、オスカルの造反と同時に俺の任務は終了したと言えなくもない。負傷してしまったので帰還が遅れたという理屈も成り立つ。

しかし自分で言うのも憚られるが、主従関係はとうの昔に職務を超えた人間的繋がりになっている。そう、御夫妻がおばあちゃんに対して限りない親愛の情を寄せてくれたように。旦那様はそんなことは熟知されている。

旦那様は、何か思惑があって詭弁をふるっているのだ。そう考えれば俺をわざわざ控えの間に待機させたことの説明もつく。客との会話を聞かせるためだ。旦那様は言葉にすることのできない何か重要なメッセージを俺に伝えようとしている。

俺ははゆっくりと呼吸を整えた。あらゆる先入観を排除し、旦那様の意図を正確に読み取るために。そして、万が一俺の推測が見当違いだった時には刺し違えてでもここを脱出してオスカルの元に辿り付くために。

「次の仕事を与えなければならんな。もう少し体が回復するまで待ってやりたいが、非常時ゆえ次に屋敷へ戻る機会は何時になるかわからん状況だ。気の毒だが今ここで話を決めてしまいたいのだが、よいな?」

旦那様の言葉に不安が沸き立つが、ここは旦那様の出方をじっと待ってみよう。何か裏の意図があることは間違いない。
「はい」
「よし」

旦那様が何か合図でもしたのだろう。遠くにいた気配が近くにやってきた。俺は急いで身を起こした。目が廻る。奥様のドレスが衣擦れの音をたて、傍に近づかれたことがわかった。
「あなた」
「うむ、短時間で済ます」

俺はじっと彼らの気配のするほうに見えない目をこらした。
「おまえの古い任務は終了した。したがって雇用契約も終了だ。新たな任務で再契約する意思はあるか?」
質問の形をとってはいるが、たった一つの答えしか許さないという断固とした厳しさが満ちていた。わざわざ俺を呼び出してまで雇用契約終了を確認する理由は皆目見当がつかないが、俺に異論はない。

「今まで受けた御恩は決して忘れません。しかし、大変身勝手ながら、お暇をいただきとうございます」
「そうか。おまえには次期執事候補として長きに渡って教育を与えた。その過程でおまえはジャルジェ家、並びに分家に至るまで財政管理、領地管理などの内情を知るに至った」
「はい」
「そのおまえを外に出すとなると、それ相応の手順が必要だぞ」
「はい、ご期待に添えない結果をどうかお許しください」
「うむ。ヴァランス!」
「は」

何と、俺が気配だけを感じていた人物は、ジャルジェ家専属の公証人だった。一介の使用人に何の証書を作らせるおつもりなのか、旦那様は計画的に準備していたということか。

「では、始める。口述する内容に不満があれば、遠慮せずに申し立てるが良い。一度作成してしまえば永遠に効力を持つ。よいな、アンドレ」
「は…い」

旦那様が椅子にかけた音がした。慌てて寝台から降りようとする俺を手で制したのは、奥様だった。

「楽にしていなさい。そして、どうか私達を信じてください」
奥様の声はほとんど懇願だった。俺は了承の意を込めて奥様の声の方向へ頷いた。

「ありがとう、アンドレ」
「いえ、私ごときに勿体ないことです」

旦那様が淡々とした様子でヴァランス氏に書き写させた内容は、ジャルジェ家内で知りえた内情を、俺は今後一切どんな理由にも関わらず口外しない、という誓約だった。

「内容を確認して、良ければサインを」
ヴァランス氏が紙を差し出す。ジャルジェ家専用に抄かれた厚手の上質紙。中央上には指で触れてもわかる獅子の透かし模様が入っている。一般証書用の書式なら署名欄は左下のこの辺のはずだ。

ヴァランス氏は誠実で頭の切れる初老の公証人で、旦那様の深い信任を得ている人物だ。見えなくても証書の内容が旦那様の並べた条件に相違ないことは信用できた。家長として至極当然の要求が書かれた誓約書に署名するにいささかの躊躇はなかったが、署名欄の位置を彼に確認していいものかどうか、ペンを持つ手が宙で止まった。多分ヴァランス氏は俺の失明を知らない。

「古めかしい装飾のせいで大業な証書に見えてしまうわね。そろそろ書式を新しくする頃合いかしら」

奥様が、助け舟を出してくださった。ではこれはジャルジェ家一般証書用書式だ。それならレイアウトは頭に入っている。俺は紙の角に指を添えて位置に注意しながらペンをインク壺に浸した。ペンとインクの位置を手探りした動作は少し不自然だったかも知れない。左手が言うことを聞かないので紙面の押さえが効かず、紙面が動くところを何とか署名した。

助け船を出してくださった奥様は明らかに俺の失明を知っている。もし、隠しおおせることができたなら、俺はこの方にこそ知られずにいたかった。激動のパリに単身飛び出した愛娘がたった一人連れ出した側近が盲目だったではさぞかし不安だろう。申し訳なくて胸が痛い。

俺の仕事は秘密保持誓約書に署名するだけでは終わらなかった。慌ただしくデュポール爺がワゴンを押す音を立てて入室して来た。何やら重そうな書類の束がどさどさと机に積み上げられる音がした後、ヴァランス氏と一緒に書類の照会確認をしているようなやり取りが聞こえた。俺は黙ってそこにいるしかなかった。旦那様と奥様は無言だった。

「間違いはありません。帳尻もきちんと合いました」

待つこと10分程で、デュポール爺が旦那様にそう報告した。
「うむ、ご苦労。さて、アンドレ」
ヴァランス氏から複数枚と思われる用紙を受け取った旦那様がとんとんと書類を机上で揃えながら俺に呼びかけた。
「ばあやには会ってきたか?」
「はい」
「非常に残念だったが、これが3年前でも5年前でもおかしくない年齢だった。よくここまで長くわしらと共にいてくれたと感謝している。ばあやは持っている全ての時間と真心をわしらに与え尽くしてくれたが、たった一人の肉親であるおまえには寂しい思いをさせたな」

初めて聞く旦那様のお気持ちだった。知らなかった。そんな風に思っていらっしゃったのか。にわかに目頭が熱くなる。
「私が前半生を通して旦那様に頂いた恩恵は、それを補って余りあります」
「ふ…っ、その体でそれを言うか…」

しばし、旦那様が沈黙した。10代の頃、俺にとって旦那様の存在は絶対的な権威だった。ただ敬い、従うより他の関わり方など思いもつかなかった。今改めて向き合って見ると、この偉大な将軍をこんなに近しく大切に思うようになった自分の変化に驚いてしまう。父の情など、俺にはわかる由もないのに、いつの間にかこの方の情感に共鳴する自分がいる。

オスカルの跡取りとしての資質を厳しく問う表向きの姿だけでなく、表に出すことのない愛情の深さと孤独を知った時から、俺はこの人との距離を縮めていったのだ。

「では、相続手きに移るぞ」
「は?」
「何を呆けた顔をしておる。ばあやが残したものはおまえが責任を持って処分しろ。それから、ばあやはジャルジェ家から葬式を出す。遺骸の引き渡しに同意しろ。いいな?」

祖母の残すものなど、俺には考えも及ばなかった。乳母にしては破格の待遇であった年俸は、毎年ノエルにあわせてオスカルのドレスになった。収入の殆どをオスカルのドレスにしてしまう祖母を心配したデュポール爺が何度もジャルジェ家の家計費で決済しようと試みたが徒労に終わっている。

経理簿まで確認に来る祖母に折れる形でデュポール爺が名目上だけでなく、きちんと祖母の名義で決済していたことを、経理を手伝うようになっていた俺は確認している。遺産など残るはずはない。祖母は全てをジャルジェ家にささげ尽くして本望だったはずだ。

『無理に説得して血圧が上がっては返って高くつくぞ。好きにさせておけ。いずれ別の形で穴埋めしてやる』

そう言っていたオスカルは機会を逸してしまったことを悔やむだろうか。祖母にはオスカルの幸せ以外に望むことなど無かったのだから、穴埋めなどしようがない。

オスカルができる一番のばあや孝行はせいぜい一度でもドレスに袖を通してやることだろうれけど、まあ無理だったろうな。でも、今のオスカルならどうだろう。それで祖母が喜ぶなら、と気負い無くやってのけるような気がしないでもない。あいつは無理に性を否定することから自由になった。見事なほどに。

とにかく、相続するとすればそのドレスだ。祖母の僅かな身のまわりの品を処分するくらいなら造作ないが、きらびやか過ぎるドレスの束を抱えてしまうのは、今の状況では正直荷が重い。オスカルが今更着るはずもない長物だ。

売却処分すれば路銀の足しになるだろうという配慮なのかも知れない。俺に何かを与えることは今やオスカルに与えることと同列に旦那様も奥様も考えていらっしゃることだろう。意義を申し立てるほどのことでもない…か。俺は頭を下げた。

「おばあちゃんのことはよろしくお願いします。この家から送り出していただければ、本望だと思います。おばあちゃんが残したものは、俺が処分します」
「そうか、ではサインしろ。ああ、書類が束になっているのは気にするな。細かく目録を作らせたからかさばっているだけだ。下着の数まで書いてあるぞ」

おばあちゃんの下着?俺は一瞬絶句して、慌てて気を取り直した。まあ、いいや。それに、サインしろと言った旦那様の口ぶりが何かを企んでいる時のオスカルとそっくりで可笑しくなってしまった。そういう時は騙されてやるのが定例だから、旦那様にもそれでいいような気分になってしまう。内容を確認しないで署名などするものではないが、俺は娘に勝てないだけではなく、娘の父にも勝てっこない。

「よし、これでいい」
満足そうな声が返って来た。やっぱり企みが成功した時のオスカルとそっくりだ。何だか楽しそうにさえ感じる。何かあるのかな。担がれているような感じもしたが、オスカルとのやり取りのように不安は無かった。

「では、もう一件のカタをつけよう」
カタをつける?
「この件が終われば、おまえは自由の身。好きにすれば良い。だがそれまではおまえは我が家の使用人だ。異議は認めんぞ」

あれ?さっきは意義があれば申し立てよと仰らなかったけ?話が違うじゃないか。何だかやましい気分のオスカルが殊更尊大に胸を張る時と同じだ。オスカルが一生懸命理論武装する時と同じのこの感じ。そして大概は別にムキになることなんかないじゃないか、と笑ってしまうような事だったりする。旦那様があまりにも同じ反応をされるので、目上の人に対して失礼ではあるが、思わず頬が緩んで微笑んでしまった。どこまで似たもの親子なのだろう。

旦那様が咳払いをした。その間合いまでオスカルにそっくりだった。だめだ、噴出しそうだ。必死で堪えるがお陰で傷が痛い。不謹慎な俺への罰かな。旦那様は憮然とした声音で乱暴に言い放った。

「ここにおまえの退職手当の目録がある。サインしろ」
「え?」
「異議は認めんと言っただろう。おまえには不足かも知れぬが、26年間の勤務を総合評価して叩き出した額に、僅かだがおまえが受けた身体障害への保障をつけてある」

旦那様は口を挟む余地を与えまいとするかのようにまくし立て、ぐいと書類の束を突き出した。26年なんて、そんな子供時代まで遡って勘定に入れてもらっては困る。俺は養われた上に教育まで授けてもらった。何よりも、孤児だった俺に居場所を与えてくれた。雇用条件も優遇して頂いた。

給与を支払われる年齢になってから、独身で使い道のない俺の口座に自然と貯蓄された額は伯爵家の経済規模から見れば砂粒でしかなくても、一般的な労働者であれば一生かかっても手にできる額ではない。オスカルの身体のことさえなければ、俺はその貯蓄を自分のものとして手をつけることすら、躊躇ったに違いないのだ。

「旦那様、私はもう十分に…」
「聞こえなかったか?おまえがどう思おうとわしは知らん。正当な労働には正当な報酬をもって応える。搾取は主義に合わん。奪い取ったものを捨て置くのも主義に反する。金銭保障で身体の欠損補いきれんのはわかっておるが、そればかりは致し方ない。許せ」

旦那様はそう言うと、ご自分でペンをインクに浸して俺の手に握らせた。
「左腕が動かんようだな。では押さえていてやる。腕の障害保障はおまえが申告を怠ったせいで計算に入っておらんが、それは追って考えてやる。さっさとサインしろ」

旦那様からは余裕が消え失せ、俺に命令している口調でありながら、それはすでに懇願だった。ふいに、どうか私達を信じてくださいと言う奥様の言葉と、正面にいる旦那様の不自然に焦った様子がいきなり符合した。そうか、そうだったのか!

この夫婦は俺を経由して娘を守ろうとしているのだ。こんな間接的な形でしか許されなくなった故に。察しの悪い俺のせいで、旦那様に余計なことまで言わせてしまったことを、俺は猛烈に恥じた。これ以上旦那様に恥をかかせてはいけない。その後の俺の行動は、俺自身ですら、あれは誰か他の人間だったのではないかと思えるほど、尋常ではなかった。

俺は、ペンを握らせようとしている旦那様の手を握った。ペンが紙面を転がり落ちる音がし、床上で小さな硬質音と羽が音を吸収する間を交互に数回繰り返して静止した。
「旦那様…」

そう呼びかけて見たものの、俺はもう何も言うべきことが無いことを悟った。奥様も旦那様も一言もオスカルのことに触れず、あくまで事務的態度を崩さない。それでも無言のうちに寄せ来る愛娘への情懐は、俺を圧倒するに十分だった。だから俺も何も言うべきではない。

いざ触れてみると、こんなに華奢に感じられる手だったろうか、と戸惑ってしまう。四半世紀以上同じ屋根の下に暮らしていても触れることなどついぞなかった手。少し骨ばって節の目立つその手は、俺にとって英知と力の象徴だった。そしてこの手が…オスカルが自分でもそうとは気付かずに、焦がれて焦がれて焦がれ抜いた手なのだ。

ただ、抱きしめて欲しくて。息子ではなく、娘として。いや、そうではない。ただの掛け替えのない子として、娘という枠すら取り払って、ありのままの姿で存在するだけで慈しまれる子として、抱き留めて欲しかったのがこの腕だ。

オスカルがもともと持っていた優れた資質が反ってそれに気付かせることを許さなかったが、彼女を男であることに激しく駆り立てたのは、ただ父に愛され受け入れられたいと言うたった一つの願いだったのだ。

この手を覚えておこう。そして旦那様。旦那様がついぞオスカルに伝えることの叶わなかった、飾らぬ剥き出しの父の情愛は、俺が残らず持って帰ります。手を握り締めたまま黙ってしまった俺を、旦那様はしばらくそのままにしておいてくださった。何かをじっと味わい尽くそうとするように。

「ペンを」
旦那様の一言で、俺は手を放した。旦那様の促すような気配を受けて、多分ヴァランス氏が拾って手渡してくれたペンを取り、全く内容が分からない公証書に旦那様への信頼の証として署名をした。手が震えなかったと言えば嘘になる。

「よし、これでおまえは自由の身だ。歴代ジャルジェ家において一番過酷な条件下の職務によく耐えた。十分に報いてやれはしないが幸運を…いや運などおまえに必要はないな。体だけはないがしろにするな。元気でやれ。これからおまえがどこへ行くのかは知らんが、最近の夜盗が欲しがるのはモノばかりとは限らんから、道中くれぐれも気をつけろ。わしはすぐに宮廷へ戻らねばならんから、ここで別れを言おう」

旦那様は立ち上がりしな、俺の肩を軽く叩いた。俺は、何も言えずそのまま旦那様の足音が一歩一歩遠ざかるのを聞いていたが、突然体が動いた。

「旦那様!いえ、ジャルジェ将軍…!」
旦那様の足が止まる。立ち上がった俺は数歩走った。旦那様の肩に手が届くと、旦那様はすでに向きを変え、俺の方に体を向けていた。

「ジャルジェ将軍、あなたに神の御加護と祝福が限りなく降り注ぎますように」
自然に右腕が旦那様の背に回り、力が込められた。左腕が追う様に、不器用に反対側から旦那様の腰に回る。
「僭越ながら私からも、心からの祝福を」

旦那様を抱擁するなど大それたことを自制する間も無かった。長い従僕勤めの中で培われた常識は顔を出しもしなかった。思いもかけず、旦那様からも力強い抱擁が返ってきた。

「おまえもな」
抱いていた印象よりも遥かに華奢で細い腰だった。しかし返ってきた抱擁は鋼の強さを持っていた。
「この抱擁も持ち帰らせて頂きます」

言わずとも持ち帰り先はお分りだろう。ふふっ、とかすかに笑った旦那様の鬘の髷が俺の鼻先を僅かに掠め、ばんばんと力いっぱい俺の背が叩かれた。つい傷に響いた痛みに小さくうめき声を漏らしてしまうと、旦那様は愉快そうに声を出して笑いながら、生涯の財産になる一言をくださった。

「成る程、、出来の悪い息子ほど可愛いというのは本当だな」

今度こそ。
俺は言葉を失った。
俺はその一言に値するのだろうか。
値する人間になりたい。ならなければ。

絶句した俺の背中をもう一度ひっぱたくと、旦那様はからからと高笑いしながら大股で歩き去って行った。
「誰か!馬を引け!すぐに出かける!」
遠ざかりゆく旦那様の声を壁越しに追った。そして、必ずもう一度、今度は元気なオスカルと共にお会いします、と俺は固く心に誓った。

         ~to be continued~

2004.8.20 Uploaded
2016.5.14 Reformed
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