天使の寄り道 11 (完)★New★

2024/12/25(水) 原作の隙間1788冬
「そうか、おまえは指をしゃぶりたいのか…あ、また失敗した。おっ、あと一息だ、頑張れリュカ」

オスカルは、膝に乗せた赤ん坊が何度も右の拳を口元に近づけては、つるりと滑らせてしまう様子を飽きずに見ていた。失敗するたびに、小さな口を開けたまま何かを探すそぶりが可愛らしい。

「見ろ、アンドレ。首の動きと握りこぶしを口に近づけるタイミングが合って来た!あとは指をうまく広げられれば、口に入るのだが…。首、腕、指。それぞれ同時に協力して動かすことが赤ん坊にとっては難しいのだな。だが、昨日までは口に手が届かなかったことを思えば、大した進歩だぞ」

見ろ、つまり隣に座れと要求されているのである。アンドレは慎重に人一人分の距離をあけて長椅子の端に腰を降ろした。

「この分なら明日には親指をしゃぶるぞ」

リュカの小さな成長を発見したオスカルは、興奮に上気した顔でアンドレに同意を求めてくる。軍人でも伯爵令嬢でもない、素直な感情を隠さない素顔がアンドレには美しい。

7才の生意気なオスカル、10才の正義感の塊のオスカル、14才の清潔感溢れるティーンのオスカル。成長するにつれ、素顔は次第に姿を隠し、今ではノブレス・オブリージュを禁欲的に追求する公人の姿がすっかり馴染んだオスカルだが。

彼女の中で変わらず脈々と息づいていた素の部分を、こうして自分の前で隠さず見せてくれるオスカルに、よこしまな気分が入り込む余地のない愛おしさで胸の奥がこそばゆくなる。

「指は5本とも同時に握るか開くしかできなかったのに、親指が4本の指から独立して動かせるようになったと思わないか?」

なおもリュカの動きを追うことに夢中になっているオスカルに、全く適わないなあ、とアンドレは感嘆する。赤ん坊なぞ抱いたら落としてしまう、とおっかなびっくり抱いていたくせに、今ではアンドレが気づけない小さな変化を毎日発見しては、命の神秘に魅せられているのだから。

オスカルが左側の頬をつんつんと押してやると、リュカはくるりと頭の向きを変えオスカルの指先の方に可愛らしい口をあけた。おっと、期待に添えなくて悪いな、とオスカルは笑み崩れ、アンドレは腰砕けた。

「少しずつ首の動きは素早くなっているのに、指はまだ不器用だな。こら、腹が減っているのか?」

アンドレも自分とおなじ風景を見ていると信じているのだろう。オスカルはアンドレに話しかける間も赤ん坊から目を離さず、アンドレはオスカルの横顔から目が離せない。

泣く子も黙る-いや黙らないことは判明してしまったが-准将と、とろけ落ちそうに目を細めて子を見つめる女性が、このひとの中で矛盾なく同居するって、魅力的にも程がある。

「満腹したところを連れてきたんだが、成長凄まじいからな。いくら飲んでも足りんのだろう」

何とか返した応えが上ずっていることに、どうか気づかないで欲しい、とアンドレは祈った。オスカルが子ども好きなのは知っていた。文句を言いつつ小さな甥姪の相手をよくしていたし、皇女や王太子へ見せる慈愛の表情は本物だった。

しかし、こんな慈しみに溢れた表情は見たことがなかった。嬰児の重みを自らの腕で受け、刻々と成長するさまを毎日つぶさに見守る初めての経験は、オスカルの中に潜む女性性を余すことなく露わにした。

公務に戻れば、瞬く間に重責を負う公人の姿の中に隠れてしまうが、アンドレを魅了するには一秒で十分だった。すでに惚れ抜き尽くしたつもりでいたのに、まだ先があったなんて反則だ。

「そうか、今日もまた重くなった気がしたが、気のせいではないのだな」
「気のせいじゃないよ。赤ん坊って毎日目に見える早さで成長するんだ、凄いな」

凄いのはおまえだよ。オスカルの横顔以外のものが、アンドレの全世界から消滅した。突然、子どもを凝視していたオスカルがくるりとアンドレを振り見た。

「アンドレ、おまえも腹ぺこか。口が開いているぞ」

アンドレは慌てて口元を拭い、涎を垂らしていなかったことに安堵したが。
確かに餓えていた。愛に。


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「で、ばあやとマルゴは納得したのか?」
「腹の虫が収まったとは言い難いね」

暖炉の火が爆ぜるのを眺めながら、オスカルはオレンジとシナモンを効かせたショコラを楽しみ、選手交代したアンドレはリュカの尻をリズミカルに叩きながらオスカルの座る長椅子の後ろをゆっくり往復していた。

オスカルは執事とマロンからル・コック亭での顛末を聞いていたので、アンドレはオスカルに軽く補足だけすると、オスカルからパリでの守備を聞いた。ル・コック亭の跡取り息子ポールを訪ねたパリ別邸の管理人から報告が届いていたのだ。

ポールの方は父親よりはカトリーヌに情を残しており、彼女がリュカを残して世を去ったことを知らされると悔恨の涙を流した。しかし、リュカの引き取りは拒否したので、今後一切父としての権利請求を放棄する誓約書を取り付けた。

食事が摂れるようになったジュリの体調は日に日に良くなっていたので、すぐに結果を知らせると、ジュリは安堵の息をついた。彼女はル・コック亭の親子を全く信用しておらず、リュカを奪われることを恐れていたのだ。

甥であるリュカは、亡き妹とともに命がけで守った特別な存在であり、今やジュリにとって唯一の肉親である。自分の手で育てたいという意志は堅かった。

ジュリが希望したとおり、春にはアラスの領地管理人夫妻のもとでジュリとリュカは新生活を始めることになる。ジュリの体調次第だが、全国からヴェルサイユに集結する議員で街道が混雑する前の3月末から4月初旬を目処に出発する予定だ。

オスカルは影ながら後見人として、アラスのコレージュ・ド・アラスとパリのルグラン・コレージュに個人奨学金を託すことにした。

ジュリにはオスカルが紹介状を持たせる予定だ。手に職のないジュリだが、領地管理人邸でメイドをしながら、アラス名産の織物や仕立ての仕事や小売業などで自立の道を目指す。その時には領主であるオスカルの紹介状が効力を発揮するだろう。

ジュリの自立心を削がないように、自活に向けた援助とリュカの学費の保証、これがオスカルの考えた援助の形だった。

「本当は、リュカを養子にしたかったのではないか?」

リュカを抱いたアンドレは、暖炉の灯りに浮き上がるオスカルの後ろ姿に問うた。オスカルの肩がかすかに揺れた。

「養子?」
「うん。家督とは関係ない養子さ。アントワネットさまだって何人も引き取って育てていらっしゃるじゃないか。実子とは別枠扱いで王権に触れない分、政治に巻き込まれることがないから、純粋に可愛がっておられるし、子ども達も幸せそうだ」

オスカルの代わりにリュカが応えるように愛らしい声を出す。オスカルは冷めたショコラをもう一口含むと、背もたれに首を預け天井を仰いだ。

「正直、考えんでもなかった。母上の仰る通り、一度抱いてしまえば情が湧く。毎日抱いていれば…」

オスカルは、切なげなため息を天井にむけて吐くと頭を起こし、座面の上に両膝を立て腕で抱えた。暖炉の逆光で表情はよく見えないが、高い頬骨を縁取る透けて輝く金糸が炎に溶けるようだ。

「こんなに愛おしくなるものとはな。そう、血統と計算の結晶である嫡子ではないからこそ、ただありのまま愛せるから愛しいのか、…… わたしにはわからんが」

オスカルが良い淀んだ部分をアンドレははっきりと聞いた。『……家の駒として誕生させる我が子であっても同じように愛しいのか』

おまえの中には出口を探している愛が満ち満ちているのだな。それなのに、おまえはこのまま一人で生きていくのか?もう一度、結婚を考えるべきではないのか?と、オスカルの親友であり兄であるアンドレの一部分が、今こそ彼女の背を押すべきだとアンドレの中で声を上げる。

例えそうだとしても、それを言うべきは自分の役割ではない、と別の自分が抗う。身が二つに引き裂かれそうだった。

「おまえが、条件で愛を分け隔てする人間であるはずがない。な、リュカ。だから、おまえはジャルジェ家にやって来て、ぽっちゃりと重くなったんだよな。己を知らないとは恐ろしい」

アンドレはやっとそれだけを口にすると、膝を抱えたオスカルの隣に静かに腰を降ろした。心地よい揺らぎを奪われたリュカが、えっえっと不満を表明し、オスカルはアンドレに上目使いをすると自嘲の笑みを浮かべた。

「先にジュリに選ばせたかった。唯一の肉親だ。独身のジュリがリュカの責任を負えないと言うのであれば、わたしが引き取っても良いが、先にそれを言ってしまえば、今まで苦労した分、裕福な家に任せた方がリュカのためだと、ジュリが自分の気持ちに反して身を引いてしまうかも知れない」

リュカを挟み、ふたりの眼差しが互いをとらえ、ふと時間が静止したような静寂がふたりを包んだ。先に目をそらしたのはアンドレだった。リュカを抱いていてもなお、蒼い瞳の引力に負けてしまいそうだったから。

「先でも後でも、ジュリは同じ道を選んだと思うぞ?衛兵隊の門をひとりで突破するなんて、そうそうできることじゃない。強い娘だ」
「そうか?」
「おれはそう思うね」
「一応熟考したのだぞ。ただの余計な世話焼きだったと言うのか」

オスカルは、はああああ、と脱力すると抱えた膝の間に顔を伏せてしまった。最近、おれ調子に乗っているよなと危惧しながら、アンドレは金色の頭頂部をくしゃくしゃと撫でた。そうした方が自然だったし、昔のように扱って欲しいと望まれているとわかったから。

もう、勘違いだと思うことはやめた。わかるものはわかるのだから、仕方ない。

オスカルの手も自然にアンドレの手の甲を押さえた。慰撫してくれる大きな手が離れていくのを止めるように。手首を捕まれたので、アンドレは腰を浮かして少しだけ間を詰めた。

「おまえは愛されているな、リュカ。余計な世話焼きはその証拠だ」

オスカルが、掴んだ手首にぎゅっと力を込めてきたので、アンドレはさらに後頭部も撫でてやった。膝の間からオスカルが横目で見上げてくる。アンドレは反対の腕に抱いたリュカを持ち上げ、小さな額にキスを落とした。

「全部記録しておくよ、誰がおまえを愛したか」

オスカルは、憮然としたまま抱えていた脚をのろのろと下ろし、少し腰を浮かせて間を詰めた。リュカもいることだし、アンドレはその場の空気の流れに従ってオスカルの肩をポンポンと叩いてやる。ただの幼馴染みだった昔のように。

オスカルはもう一度腰をずらして間を詰めると、コトンと頭をアンドレの肩にもたせ掛けてきた。それが一番自然だと思えたので、アンドレは黙って彼女の肩を抱き、自分も金髪頭に頭を預けた。二年か、三年振りの懐かしい体勢だった。

頭の位置、肩の位置、腕の位置、触れあう場所は記憶にあるとおり同じだった。間に赤ん坊がいること以外は。

「寂しくなるな」
「うん」
「うっかり、愛しちゃったものな」
「う…ん…」
「後悔している?いずれ去って行くのだから、深入りしないで人に任せておけば良かったか?」

オスカルは、アンドレに頭を預けたまま、元気な蹴りを繰り出すリュカに優しい眼差しを向けていたが、蹴りではだけたおくるみを直してやってから、自分の人差し指を小さな掌に乗せた。きゅっと握り返してくる力強さが頼もしい。

「いずれ手放すとしても、愛しちゃった方がいい…な。」
「なぜ?」
「愛しちゃうことそのものがすでに恩恵だから…かな?リュカが教えてくれた」
「そうか、わざわざ教えに寄ってくれたか、リュカ」

少しだけ、オスカルの肩を抱くアンドレの腕に力が入り、すぐに緩められた。彼がどんな表情をしているのか知りたかったが、少しでも身動きしたら貴重な魔法のポジションが溶けてしまいそうだったので、オスカルはこのまま幼馴染みの頭の重さを味わうことにした。

リュカが空腹を訴えるまで、あとわずかだろう。それまでは、奇跡のように与えられた幼馴染みのがっしりした体躯に寄り添っていたかった。彼の顔は見えなくても、自分と同じように思いがけなく取り戻した幼馴染みの距離に、幸福を感じてくれていることが分かる。分かるものは分かるのだ。

「愛しちゃうことそのものが恩恵か。賛成」

心地よい、低い声を頭からの振動で聞いた。幼馴染みの大男が、リュカのことだけを言っているのではないことが読み取れてしまい、オスカルの頬が熱いしずくで濡れた。

「おまえにママンの才能があるとは思わなかったぞ。せっかくだからもう暫くの間発揮しろ」
「しかも、優しく丁寧だという評判だぞ」

頭をくっつけ合いながら優しく笑い合えば、笑いの振動がシンクロする。それがリュカにも伝わたのか、ふんふんと鼻を鳴らし始める。ふたりは頭を離して見つめ合った。

「くるぞ」
「うん、あと二秒だ」

きっかり二秒後、リュカの泣き声がオスカルの居間に響き渡り、ふたりの大笑いがあとに続いた。


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🎄1820年12月24日🎄


1814年に王政復古が成されて5年。亡命先のスイスからようやく帰国の目処がついたので、高齢の両親と婿であるジルベール・ブリオンヌ・ド・ローランシー伯と共にル・ルーはヴェルサイユの元ジャルジェ邸に戻って来た。

故郷のル・ランシーの領地も、ジャルジェ邸も革命政府に没収された後、ブルジョアに売却されていたが、何とか懐かしいジャルジェ邸だけは買い戻した。長年にわたる亡命生活で実家の財産は底をついてしまったが、年老いた両親に故国で余生を送って欲しかったのだ。ル・ランシーの領地を買い戻す余裕はなかった。

しかし、これからがル・ルーの腕の見せ所である。金融の国スイス滞在中に学んだ投資で資金を増やしながら、少しずつ領地を買い戻し、イギリスから導入が始まった蒸気機関を農業に活用することで生産性の向上に挑戦するのだ。そしていずれはプレミアム農産物の交易に発展させる。

イギリスに遅れをとりながら、フランスでも蒸気船が登場し繊維工場や製鉄業で蒸気機関が使用され始めたが、農業生産効率は革命前から殆ど向上していなかった。これからは工業の時代。農業国であるフランスもいずれば転換を余儀なくされるだろうが、だからこそ第一次産業の効率化と高付加価値の創出が必要だとル・ルーは考えていた。

まずは荒れ果ててしまったジャルジェ邸の修復と、亡命時代の収支決済を済ませ、残りの資産運用戦略を立てる。領地を視察し、買い戻す範囲を確定する。70を超えた両親は元気だが、事業者向きではないからル・ルーが司令塔だ。事業と生活基盤が万端整ってくれば、まだ亡命先にいる伯母達も家族を連れて帰国する気になるかも知れない。

「それにしても、優秀なお手伝いを早急に探さなければ、保たないわ。このお仕事はわたし向きじゃない」

山のような帳簿を前にル・ルーは深いため息をついた。革命の混乱の内に、資産に関する多くの記録は紛失または破損されており、収支を確認することはほぼ不可能に思えた。本当は早く最新の農機具を生産するために、機械技師とともに設計の仕事がしたいのに。わたしの頭はそういう仕事のためにあるのよ。ル・ルーは頭を掻きむしった。

「でも、いいわ。お金は稼げば良いのだし、資産目録や帳簿が滅茶苦茶だからこそ都合良く取り戻せる土地もあるに違いないわ」

気を取り直してう~ん、と伸びをしていると、書斎のドアがノックされた。夫のジルベールだった。

「ジャルジェ家の直系を探しに来た、って青年が訪ねて来ましたよ。会いますか?今のところ、フランスに戻っているジャルジェ家の末裔は君だけですよね」

それはそうだけど、どうやってここを調べたのかしら。さすがのル・ルーも少し警戒した。ジルベールの暢気なこと。まるで花売りが御用聞きに来たけれど、今日は薔薇にする?百合にする?くらいのお気楽さだわ、とル・ルーは少々きつめの視線を夫に送った。

「あなたはお会いになったの?どんな方?」
「宮殿の修復を見学がてら散歩していたら、ちょっと素敵な青年に会いましてね。聞けばジャルジェ家を探していると言うので、お連れしましたよ」

は?素性のわからない見知らぬ人を、その軽いノリでほいほいと連れて来たと言うの?何て危機感がないのかしら。ああ、やっぱりもう少し国が落ち着くまでスイスに置いて来るべきだったわ。交通費をケチったわたしがおバカだったのね。

ル・ルーはさも良いことをしたと言わんばかりの夫をまじまじと見つめ、肩を落とした。

でも、仕方ないわ。倹約は必要だし、彼はいくつになってもゴージャスだもの。側にいてくれれば、わたしのエネルギーチャージと癒やしになるし。言わば移動式オアシスよね。うっかり掠われないように守ってあげなきゃいけない手間はかかるけど、必要経費として割り切るしかないわ。

気を取り直したル・ルーは夫に微笑んで見せた。

「実に爽やかな青年ですよ。身長はわたしと同じくらい、さらさらの金髪に琥珀の瞳、人なつっこいしゃべり方で、教養もありそうですね。まあ、美青年だと思いますよ」
「会います!」

不審に満ち満ちた目つきで来客の知らせを聞いていた妻が、美青年と口に出したところで一転、ぱあっと花開いたような笑顔を見せたので、ジルベールは吹き出すところだった。天才の泣き所だな、我妻の美男美女好きは。そのお陰で、夫にしてもらえたのだから、文句はないが。ジルベールは妻に腕を差し出した。

「では、ご案内いたしましょう」


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「ジルベール…💦」
「はい、はい、はい」

ル・ルーの顔面は大洪水を起こしていた。夫は手持ちのハンカチを全て妻に渡したが、まだ足りないのでクラバットも提供したところだ。

「間違いないわ、間違いないわ、はっきりと覚えているわ、これはアンドレの字よ。ここで暮らしていた時、綴りのお勉強につきあってもらったから忘れっこないわ、間違いないわ!!アンドレったら目ざとくて、間違いを一個も見逃さないのだもの。きゃ~っ、こっこれはオスカルおねえちゃまの走り書きよ!」

訪ねて来た青年が差し出した冊子のページを最後まで忙しく捲ってから、ル・ルーは我が子を抱くかのようにそれを胸にかき抱いた。そんなル・ルーの様子を青年はにこにこしながら眺めていた。

「これは…あなたの大切なもので、あなた個人の記録だということは承知の上でお願いするのだけれど…。しばらく貸して頂けないかしら。今読んだりしたら、胸が破裂してしまうわ。

それに濡らしてしまったら大変だもの。ああ、とても失礼なお願いであることはわかっているの。でも、大事な人達の形見になるものはほとんど失われてしまったの。

特に平民のアンドレは…。いいえ、平民だからではないわね。オスカルおねえちゃまの形見は叔母様のどなたかが持っていらっしゃるけれど、彼の家族はジャルジェ家にしかいなかったから、ここが荒らされてしまった後は何も残らなかったのよ。

ごめんなさいね、取り乱したりして。しばらく、貸して頂ける?えっと、お名前…」

息継ぎする間もなくしゃべり通したル・ルーは、ついにはあはあと息切れを起こし、夫に背中を摩ってもらい、青年は頷いた。

「リュカ・クリストフ・マロと申します。良かった、見て頂けて。どうぞ、お気の済むまでご覧になってください。実は、ぼくの記録を見て頂くことより重要な相談があって来たのですが、出直した方がよろしいでしょうか」

まだ本題に入っていないのに、この泣きようではこれ以上は無理ではないか。青年は心配そうに女主人の様子を伺っている。ル・ルーは涙にまみれた顔を上げた。

「他にも見て頂きたいものがあるのですが」
「拝見しますわ…!」

青年が差し出した書類は、また別の意味でル・ルーを驚愕させた。

「これは…ジャルジェ家が所有していたアラスの領地保有証書…!所有者は1791年から今年までは革命政府から総裁政府、統領政府と移り変わって最終的にはブルボン家のものになったのね。一般市民へ売却しないでずっと政府の持ち物だったんだわ、そして…」

「はい、この秋に期間限定でもとの持ち主に返却するという公布が王家から出されたんです」

青年は、パリで会計士として働いていたが、故郷のアラスに住む母から大変なことが起きたから帰って来て欲しいと連絡を受け一時帰郷した。帰郷してみると、微妙な案件なので、代書屋に手紙を書かせることが憚られたから、直接話したかったのだと言われた。

「母は…記録を読めば分かりますけれど本当は伯母なのですが、これは千載一遇のチャンスではないかと言うのです」

公布は期間内に持ち主からの申告があった場合のみ、没収資産を返却し、申告者がいなければ、一定の期間を経て競売にかけられる、とされていた。

かつて、ジャルジェ家の領地管理をしていた夫婦から、持ち主であったオスカル・フランソワがバスティーユで戦死し、後継者はいなかったはずだと聞いていたリュカの母は、もしかしたらリュカが後継者として名乗りを上げることができるのではないかと考えた。

「まあ!何て大胆なお母様!でもなぜあなたが?」
リュカは笑った。
「そうなんです!母の思いつきを聞いたときは、ぼくの方が腰を抜かすところでした。母はこの洗礼証明書のことを覚えていました」

リュカが差し出したのは、額に納められた銅版画刷りの洗礼証明書だった。証明書と言うよりは、芸術作品のような趣がある絵画と言った方がしっくりくる。

「美しい証書ね」
「そうでしょう。ぱっと見絵画のようだから、よく見ないと見逃してしまうのですが、ぼくの両親の名前のところを見て下さい」
「あら!」

豊穣の印である麦と葡萄のモチーフに縁取られた、後光を背にしたイエス・キリストや祈る祭司と信徒の姿、ゴシック式の教会と一緒に版画で彫られた飾り文字で、両親の名前が記されているが、そこには。ル・ルーは目が転がり落ちるほど見開いた。

「父、オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ?父?どうして?」
「はい。細かいいきさつは全て冊子に書いてあります。まるで小説のような話ですが。で、今度はここを見て下さい」

リュカは、自分の生育記録の後ろの方のページをめくって見せた。先ほど、ル・ルーがオスカルの走り書きを見つけた箇所だ。

「どうやら、記録を残してくれたグランディエさんの悪戯みたいなんです」
「悪戯ですって?」

『リュカ。オスカルはきみの父親になり損なったことを心底残念に思っているようだ。だから、せめてもの慰みに、父親の名前の欄にオスカルの名を入れた。どのみち、誰かの名前は記さなければならないからね。

君の父親の可能性を持つ男がふたりいたことは前に書いたが、君の幸せと健やかな成長を一番願っていたのは他でもないオスカルだ。君の父親を名乗るのに一番相応しい。どうか笑って許してくれ。

洗礼証明書は、非常時には身分証明書としての効力も持つが、きみがこれを悪用しないことを信じている。身分証明書は、別に作成してあるものを使うようにきみの母上にお願いしてあるよ。これは、オスカルがきみを愛した軌跡として、きみだけが持っていて欲しい』

そして、行間にはオスカルの走り書き。
『リュカ、これはアンドレの悪戯だ。これをきみの母上になるジュリエットに手渡す間際まで気づかなかったわたしの手落ちでもある。アンドレにはたっぷりと制裁を加えてやるので許して欲しい。しかし、彼が書いた内容は本当だ。きみに幸あれ、わたしの愛しいリュカ』

ル・ルーは再び大泣きしていた。

「もう、オスカルおねえちゃまったら、どんな制裁をしたのかしら!ああ、もう少し頑張ってジャルジェ家に居座るべきだったわ」

泣くだけでは足りない。大人のレディーでなければ、地団駄を踏んで走り回って大階段の上から大ジャンプしたいくらい嬉しくてもどかしい。まるで、生きたふたりのやりとりを見るようだ。オスカルが、アンドレが、リュカへ注ぐ愛情が文字から湧き水のように溢れ出ている。そして。

「どうしましょう、どうしましょう、胸が震えて止まらないわ。おねえちゃまったら、何ておバカなのかしら。文字の間から、アンドレ愛してる、って百万回くらい心が叫んでいるわ!ご自分でちゃんと気づいたのかしら、もう~~~っ」

リュカと夫君は唖然として顔を見合わせた。夫君は、まあ普段からこんな感じですから大丈夫でしょうとリュカに身振りで伝え、妻の背中をさすった。ル・ルーは赤く染め上がった鼻を盛大な音をたてて夫君のクラバットでかんだ。

「し、失礼しましたわ。わたしときたら。ふ、ふたりとも次の年に亡くなってしまったので、つい懐かしくて寂しくて」

「た、大切な方々だったのですね」
大変な感動屋さんだ。母より一回り年下のはずだけど、少女みたいな人だ。応えるリュカの声が上ずった。

「ええ、大好きだったの。ありがとう、えっと…」
「リュカです」
「そうそう、もうわたしったら」

ル・ルーは荒くなった呼吸を納めるように、胸に手を当て目を閉じた。

「やはり出直しましょうか?」
「いいえ、いいえ!大丈夫よ。それであなたが、おねえちゃまの名が入った出生証明書を提出して領地の返却を受けたのね」

「はい、期限が迫っていましたので、相談もなしにすみません」

「いいのよ。時代ですもの。貴族の所領はどこもばらばらになって再編されている。うちだって例外ではないわ。富の再分配は必要だったのよ。国ですら国境が引き直されたんだもの。破壊の最中に居合わせるのは辛いけど、古い時代が生まれ変わる瞬間を目撃する体験を神様から与えられるなんて、それはきっと光栄なことなのよ」

母から繰り返し聞かされたオスカル・フランソワの話は、革命の間中敵対視された貴族の姿とはかけ離れていた。その人の姪だという女主人も、リュカが知る貴族とは随分と印象が違った。
 
よく言えば情感豊かだが、激しすぎる感情表現を隠さない様子に、この人を信用していいのか一時不安になった。しかし、視座が高く片寄りがない。富の再分配が必要だったと、あっさりと言える貴族には会ったことがない。ここに来て正解だったとリュカは確信した。

「それで、領地のことなんですが」

「これを見る限り…」
ル・ルーはくしゃくしゃに丸めた夫のクラバットで、止まらない涙を抑えながらオスカルの走り書きのある部分を指さした。

「あなたが受け継いで下さって、おねえちゃまも本望だと思うわ。見知らぬ誰かに買われるよりもずっと」

リュカは慌ててル・ルーを遮った。

「違うんです。期限があったのでとりあえず引き継ぎましたが、これは母の願いでもあったのですけれど、ご領地をジャルジェ家の血筋の方にお返しすることで、ぼくと母が受けたご恩返しになるのではないかと思ったのです。ぼくはこれをお返しに来ました」

ようやく本題に入ることのできたリュカは、驚くル・ルーとその夫君へ向かって居住まいを正した。

帝政が王政に戻り、元貴族の没収資産の返却が始まったが、すでに分割されて売却された領土については返却の対象にならなかった。所有権の侵害を犯してしまうと、同じ刃で自分の足下も掬われるからだ。

アラスの領地は売却されなかったので返還の対象になったが、ヨーロッパ中に散った持ち主を探すにはコストがかかる。売却した方が低コストで国庫に金も入るから本当はその方が都合が良い。しかし、帰還貴族の反発を避けるために資産返還の実績が必要だったのではないか、とリュカは感じた。

領地返還申請期間が1ヶ月と非常に短かったし、公布は町役場にひっそりと貼り出されただけだった。返還に積極的でないのは明らかだった。実際に申請してみたら例の洗礼証明書だけで精査されることなくあっさり受理されたのだ。

「領地を返還した実績がいくつかあれば、王家も言い訳が立つのだと思います。申請書を提出した時は、壮大なる詐欺を働くようで生きた心地がしませんでしたけれど」

「では、きっと本物の詐欺もあちこちで発生しているわね」
「多分。ぼくがしたのも詐欺には違いありませんよ。悪用しないでくれとお願いされたのに」
「大丈夫よ、アンドレの悪戯の方が先だもの」

ふたりは同時に笑い声を上げた。

「リュカ」
「あ、名前覚えてくれましたね」
「ま、意地悪。ねえ、あなたは、この土地を自分のものにしたいとは思わないの?今は土地の再分配についてどこも混乱している。正しい継承者かどうかなんて、関係ないわ。乗じてしまえばいいのに」

リュカはテーブルの上で両手を握り合わせ、ル・ルーの目を真っ直ぐ見た。

「ぼくは会計士ですし、母は織物職人です。義父は反物の卸売り業をやっています。とてもじゃないが、広大な農地を管理するノウハウはありません。

最初から、ジャルジェ家にお返しするために代理を務めたつもりでした。亡くなったおふたりに直接ご恩返しができなかったことは残念ですが、せめて近親の方にと思って。

母もそう希望しています。どうか、名義変更して頂けませんか?そして、アラスの住人の生活に還元してください。お願いします」

「リュック」
「リュカです」
「きゃあ、ごめんなさい」
「あははは」
「リュカ、本当にいいのかしら?」
「そのために来たんです。そのために…」

リュカは悪戯っぽくウィンクを返して来た。あら、かわいい。美青年フェチのル・ルーの瞳が輝いた。

「一世一代の詐欺を働きました。早く手放したいです!」
「わかったわ。任せてちょうだい。わたしはフランスの農業を丸ごと底上げするために帰って来たのよ」
「ええっ?あなたが?」
「わたしは機械の設計が得意なのよ。これからは農業も機械化して作物の質も上げて、みんなで豊かになるの。ところで、マルカ」
「リュカです」
「いやあん。苦手なこともいっぱいあるのよ。確かあなたは会計士だったわね」


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リュカを見送った後、ル・ルーは貸して貰った冊子を何度も繰り返し読み返していた。ところどころユーモアを交えた筆致でアンドレが書き残したリュカに関するエピソードは、ル・ルーの目の前に在りし日のジャルジェ家の温かい営みをありありと映し出した。

「うふふ、だからおねえちゃまがパパになったのね」

その時の祖父の様子までは記録されていないが、『どうだ、今度はおまえの番だ。思い知ったか』と嬉々として溜飲を下げる将軍の声までル・ルーには聞こえた。

そして、ふと周りを見渡すと、同じジャルジェ邸のはずなのに、絵画、彫刻、絨毯、家具、カーテンなど、人の生活を潤すものが根こそぎ奪われたあとの抜け殻の中にぽつんと取り残されている自分がいた。寂寥感がじん、と胸に迫る。

「奥さん、そろそろ深夜ミサに出かけませんか?」
「あら、もうそんな時間」

礼装に着替えた夫がル・ルーを迎えにやって来た。濃紺無地のアビ・クー・ド・ピエにえんじ色のジレが差し色で効いている。流行のイギリス風ジェントルマンスタイルだが、ジルベールが着ると、シンプルなスタイルもどことなく華やいで見える。

「あら素敵」
「道中長くてお洒落はお預けでしたからね。ようやく本領発揮できます」

ル・ルーがひと目で惚れ込んだニンフに傅かれたアポロンのような美貌も体躯も、50才を目の前にして衰える兆しがない入り婿である。ローランシー家のあらゆる芸術部門担当大臣で、モードの先取りには天性の才覚がある。

政治戦略、経済管理力、人間洞察力に長けるル・ルーに対し、文化・社交スキルに長けるジルベールは、非常に補完的な組み合わせであるが、二人に共通するスキルとして柔軟性があった。

時代に合わせた変化を進んで受け入れる資質が、フランス貴族に逆風が吹き荒れる時代を泳ぎ切り、故国に帰還を果たさせたのである。

「ドレスを選んできましたから、着換えましょう」
「ええ、そうね」
「……」

ジルベールは、まだ夢心地でぼんやりと中空を見ている妻の横に腰を降ろした。まだ、妻が気持ちを切り替えるには時間がかかりそうだった。

かつての主の書斎だった部屋には、天井までの作り付け書棚と大きなマホガニーのテーブル以外何もない。腰を降ろしているのは、切り株とワイン樽である。

帰国早々、年配のローランシー夫妻の寝室を急遽整えたばかりで、ル・ルー達の生活空間の整備はこれからなのだ。

「少し、お話でもしますか?」

大きな潤んだ瞳が夫を見上げた。リュカから借り受けた冊子を大切に胸に抱いている。何度も読み返していたのだろう。切り株と樽に腰掛けているのではハグはできないが、話せば落ち着いてくるのが妻だ。

「今はどんなご気分ですか?」
「悲しい、寂しいのに幸せなの。変ね」
「わたしもそうですよ」

潤んだままの瞳をぱちくりさせる妻に夫は悪戯っぽく笑った。

「素晴らしい邸宅ですね、ジャルジェ邸は。特に玄関ホールはドーリア式の柱の上に凝ったレリーフがぐるりと施してあって、四隅で羽を広げる鷲は躍動感に溢れています。シャンデリアがあった頃なら天上の世界のようでしたでしょうね」

ル・ルーは目を閉じて在りし日のホールを思い浮かべた。その頃は、邸の装飾などただの風景でしかなかったが、毎日大勢の召使いが忙しく隅々まで磨き上げていた。

「あったわ、ばあや泣かせの、つまりアンドレ泣かせのクリスタルのシャンデリアが。煤と蝋のお掃除を一日でも欠かすと反射する光の模様がくすんでしまうの」

「右アパルトマンの食堂はコリント式ですね。柱の間に設えたニッシュの彫刻は四季のアレゴリーのようですが、ご存じですか?」

ル・ルーは目を閉じたまま思い出す。おじいちゃまおばあちゃまと、おねえちゃまと毎日お食事を頂いたところだわ。ニッシュだけでなく、天上まで立派な彫刻で埋め尽くされていたっけ。

今では、壁紙は剥がされ、曾祖父の肖像や、大きな鏡、祖母のセーブルの花瓶、テーブルセット、全て略奪されてがらんどうになっている。

「よくは知らないの」
「4体のうち、1体はジャン・アントワーヌ・ウドンの『冬』ですよ。非常に値打ちのあるものです。さすがに天井までの彫刻は窃盗の対象にならなかったようですね。破損がなくて幸いでした。壁も大理石部分が大きいですから、あの食堂は比較的簡単に修復できそうですよ」

夫ののんびりとした話し方は、音楽のようでもありル・ルーは内容よりも音を楽しんでいたが、夫は話すのを一旦止めて妻の顔色を伺った。ル・ルーがにっこりして見せると、夫は再び話し出す。

「細部までこだわった美術品のような邸ですね。内装が施されていたときの品格に溢れた様子が目に浮かびます。それがすべて剥ぎ取られた抜け殻を見たときはとても悲しかったですが」

夫は再び言葉を切り、妻を見やる。妻は冊子を胸に抱いたまま目尻に涙を残して聞いていた。

「何だか幸せでもあるのですよ。これから何年もかけて新しい時代にふさわしい内装に仕上げていく機会を与えられたのですから」

妻は、ぽかんと口をあけた。

「もし、あなたがわたしにそれを許してくださるのなら、ということですけれどね」

夫は悪戯っぽくウィンクを投げてよこした。ル・ルーの表情が雲間から日が差すように明るくなる。

「ええ!ええ!お願いするわ。あなたが陣頭指揮してくださるのなら間違いないもの!」
「お望みならば、もとのジャルジェ家の内装に限りなく近づけることもできますけれど、お勧めテーマは新しい若返りですね。せっかく身ぐるみ剥がされたのですから」

危機管理や財産管理はからっきし頼りにならない夫だけれども、ついでに野心を燃やすよりも花鳥風月を愛でちゃうぼんぼんだけれども、ル・ルーの気分を上げる柔らかい発想を、ジャストインタイムでポンと出してくれる。

ル・ルーはポンと樽から飛び降りた。若返る、って素敵。逆戻りではなく生まれ変わって新しくなる若返りのことね。懐かしい日々のジャルジェ邸は大切だけれど、思い出の家具や品々が根こそぎ強奪されたのは、生まれ変わるチャンスなんだわ。

フランスは生まれ変わる苦しみに今も内部で相克している。でも、向かう先は全ての人がその人らしく生きて行ける国であるはず。長い長い年月がかかるだろう。産みの苦しみはこれからも繰り返し味わうことになるだろう。それでも、その一端をわたしは担いたい。

ル・ルーは夫の首に両腕を回した。
「あなたの審美眼におまかせします」
「承りました。しっかり稼いでください」
「あら、そっちは任せて」

ふたりは何往復かビズを送り合い、夫は妻の腰を抱き上げてくるくると回った。ル・ルーのスカートが翻る。子供のように歓声をあげるル・ルーのつま先をトン、と床に降ろすとジルベールは微笑んだ。

「今はどんなご気分ですか?」
「やっぱり寂しくて、幸せだわ」

ル・ルーもジルベールの腰に両腕を回したまま微笑む。夫は微笑んだまま首を傾げた。

「ほう?」

「わたしは今日、今までの人生の中で一番素敵なノエルの贈り物を頂いたのよね。おねえちゃまの父親疑惑事件と、アンドレの悪ノリがリュカをここに連れてきて、アラスの領地が戻った。

お祖父ちゃまにお知らせできないことは残念だけれど、わたしの夢を実現する足がかりができた。わたしね、大好きな人達を思い出すものは何も残っていないと思ったけれど、ちゃんとあったわ」

そう言うと、ル・ルーは掌を胸に当てた。

「いつの間にか、オスカルおねえちゃまの遺志をわたしが受け継いでいたのよ。おねえちゃまとは違うわたしのやり方で、引き継ぐの。ずっと繋がっていたおねえちゃまの想いが、形になって現れたのが今日なんだわ。応援している、って言いに来てくれたのよ。て言ったらあなた、お笑いになる?」

妻の発言に、夫は両腕を広げてアプローズを表明した。

「おねえちゃま、アンドレ。会いたいわ寂しいわ。でも、ふたりともわたしの中で生きていることがわかったの。だから幸せ」

           

              (完)





*思いがけず長くなりましたが、最後までお付合いいただきましてありがとうございます。後半に出てきました貴族の没収財産の返還と返還にまつわる混乱については史実です。洗礼証明書が身分証のかわりになるとか、帰還貴族の不満を抑えるために期間限定で公布、あたりは捏造です。どうぞ、フィクションとしてお楽しみ下さいませ(>_<)
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WEB CLAP



WEBCLAPにコメントを下さるお客様へ
コメントにはいつも元気を頂いています。もう、本当に嬉しいです。
で、使用しているこのシステム、どの作についてのコメントなのか、見分けがつかない構造になっているのです。もし良かったら、どの作に対する感想、ご意見なのか、ちょっとメモって下さると、もっと嬉しいです。ありがとうございます。

COMMENT

 クリスマスの朝、起きて『天使の寄り道11』を発見し、もう3度も読ませていただきました。もちろん暁シリーズの二人が革命を生き延びたストーリーも大好きですが、このお話は二人が亡くなってしまったのにも関わらず、すべてに愛があふれていて読み終わったら大変温かい気持ちになりました。しかもル・ルーが登場なんて!相変わらずもんぶらん様の才能には脱帽です。長文の更新、お疲れさまでした。

オスカル様の誕生日でもある今日に、私には素晴らしいプレゼント!
25日はまだ始まったばかりですが、もんぶらん様にとっても素晴らしい1日となりますように…。メリークリスマス!
なによりのクリスマスプレゼントです。 みんぼ 2024/12/25(水) 06:33 EDIT DEL
リュカがもたらした幸福な時間。
ママンとパパのやりとりがもう(T-T)
ルルーが元気で良かったです。
オスカルさまたちの分まで 生きてほしい。
リュカがオスカルさまたちの願い通り、 立派に育ち、恩返しをする。
オスカルさまの名が父として残った
アンドレの茶目っ気に記録。
彼の優しさや気遣い、もう(T-T)

素晴らしいお話、オスカルさまの
お誕生日にあげて下さってありがとうございます♡

ルルーのラストの台詞が秀逸!
私の気持ちに重なりました。
私の心の中で彼らはいつもどこかで生きてるような気がします(*^^*)
ありがとうございます まここ 2024/12/25(水) 11:49 EDIT DEL
思いがけなく大きなプレゼントをいただきました。大人になって困難の多いここ数年でしたが、ルルーと一緒に大ジャンプしたい気持ちです。来年に向けてパワー充填‼️もんぶらん様にとっても良いお年になりますようお祈りい申し上げます。
素敵なプレゼントをありがとうございます ハッシー 2024/12/25(水) 13:31 EDIT DEL
みんぼさま、朝からチェックしていただき、ありがとうございます。しかも3回も!はい、原作の隙間編は、原作通りの進行するので、二人は亡くなります。でも、持てる力を出し切って生き切りました。温かい気持ちを感じて頂いて嬉しいです。生前の二人から影響を受けた人が沢山いて、その人たちを通して想いが生き続けてくれるといいなと思って、こんなラストにしました。みんぼさま、クリスマスはいかがでしたか?今年も後数日です。どうぞ、良いお年をお迎えください。
みんぼさま もんぶらん 2024/12/28(土) 00:13 EDIT DEL
お読みくださって、ありがとうございます!
オスカルさま、結構赤ちゃんにはメロメロになる方じゃないかと思うのです。オムツとかは業務委託市そうだけど。委託先もありますものね。アンドレの悪戯は下手するとニセジャルジェ末裔が誕生してしまいそうですが、結果オーライということでよろしくお願いします。ル•ルーはこの時三十八歳くらいですね。旦那さまはひとまわり年上です。同年代じゃとてもじゃないけれど、手に負えないと思ったので。私たちベルファンの中に、二人はしっかり根を下ろしていますよね。今年は、コメント欄でお付き合いくださって楽しかったです。ありがとうございました。どうぞ、良いお年をお迎えください。
まここさま もんぶらん 2024/12/28(土) 00:24 EDIT DEL
ハッシーさま、コメントくださってありがとうございます。嬉しいです!そうですか、エネルギー充填していただけましたか! 人生には難しい時期ってありますよね。最中にいると、永遠に続いていくような気になりますが、必ず出口があると信じて、わたしも大ジャンプしたいです。どうぞ、良いお年をお迎えください!
ハッシーさま もんぶらん 2024/12/28(土) 00:51 EDIT DEL

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