万聖節が来る前に 8

2024/10/23(水) 原作の隙間 1762晩秋
ナタリーがぼくの様子を見に寝台のそばまで来たので寝たふりをした。ナタリーは何度かぼくを呼んだり顔をのぞき込んだりしたけれど、ぼくはまぶたを動かさないようにがんばった。ずいぶんと長いあいだ、ナタリーはぼくのそばに座っていたけれど、ぼくが起きないので、ついにそっと寝室の扉をしめて出て行った。

ナタリーの足音が聞こえなくなるのをまって、ぼくはとび起きた。急いで服をきがえてから、夜着とクッションと枕を使ってベッドで誰かが寝ているように見えるかたちを作ったた。

ぬけ出すチャンスを待っていたら、すっかり暗くなってしまった。偵察するには暗いほうがやりやすいけれど、今日中にパリに行けなかったらアンドレの計画はおしまいだ。最後まで諦めるつもりはないけれど、今は計画よりアンドレの無事の方が心配だ。なにか悪いことが起きている気がする。

何しろ、今日一日、ばあやが一度もぼくの様子を見に来ない。絶対に何かある。ばあやの部屋にアンドレはいるだろうか。それを見に行くのがいちばん早いけど、使用人棟に見つからずに入るのは難しい。

まずは見つかりにくいところから、偵察してまわることにした。寝室を抜け出したことがばれるまえに探り出さなければいけない。何もわからないうちに寝室に連れもどされるのはごめんだ。

厩と車庫に行ってみたら、母上の馬車と、旅行用の大型馬車はあったけど、父上の馬車とカブリオレが無かった。カブリオレは急ぐ時にしか使わないやつだ。青毛の牝馬と白い牡馬もいなくなっていた。

厩の周りを歩きながらぼくは震え上がった。足もとでは、じゃりじゃりと霜柱の音がするくらい、今夜はいつもよりずっと寒くて、吐く息が真っ白だった。早く屋敷に入りたくなったけれど、外をまわったほうが見つかりにくいのでそのまま厨房の裏に回った。

裏口から中に入って、厨房に続く階段をそっと降りた。入り口から覗くと、マルゴが大きなざるに盛ったにんじんの皮をむいている。ばあやはいなかった。マルゴとばあやは仲良しで、いつもなら、よくおしゃべりしながら料理の下ごしらえをしているのに。

そこに、厨房の勝手口からフィリップが薪をかかえて入ってきた。マルゴが顔を上げて何かを聞くと、フィリップは首を横に振った。マルゴは大きな背中を丸くしてうなだれて何か言った。アンドレはどこにいるんだろうね、と聞こえた。

アンドレがいない?どういうこと?

胸がどきどき言い始めた。アンドレがいないってことは、もしかしたら!ううん、きっとそうだ。ぼくが熱を出してしまったから、アンドレはひとりで狼谷村へ行ったんだ。ボーネルさんの荷馬車に乗って。

そのときだ。だれかが厨房への階段を降りてくる音が聞こえたので、ぼくはあわてて踊り場のすみに隠れた。この角は暗いから、静かにしていればまず見つからない。降りてきたのは御者のジャックだった。

「大変だ!マルゴ、おまえマロンのそばに行ってやってくれ!」
「何があったんだい?」

マルゴは立ち上がったようだ。バタバタと足音がしてこっちへやってくる。ぼくはぎゅっとからだに力をいれてカベにはりついた。

「見つかったのかい!」
「いや、パリの市場でアンドレの上着が売られていたのが見つかったんだ」
「何だって!アンドレは?」
「見つかったのは上着だけだ。マロン手ずから刺繍した名前が裏に・・・間違いない」

そう言いながら、ジャックとマルゴは大いそぎで階段をあがっていく。ぼくは、やっとの思いで声を出さないようにこらえた。背中にあたる石かべは、氷みたいにつめたい。こんな寒い日に、上着を売るなんてあるはずない。マルゴの声が遠くから聞こえる。

「ひょっとしてアンドレは・・・!」
「ああ、十中八九、売られたか、誘拐されたか」

心臓が、やぶれてとび出すほどドキドキした。売られる?どういうこと?頭の中がぐるぐるしたけれど、ぼくはふるえながら後から階段をのぼった。売られたって、上着のことじゃなくてアンドレのこと?誘拐?

ジャックを追いかけて何があったか聞きたかったけれど、もう少し様子を見なくちゃいけない。

だって、すごく悪いことが起きたとき、大人はぜったいに本当のことを教えてはくれない。現に、今日は一日中ごまかされ続けた。ぼくは、泣かないようにぐっと堪えながら、ホールの彫刻や大時計の影をえらんで、人の気配がするほうへ進んだ。みんなホワイエにいるようだ。

だれもぼくに気がつかなかった。大階段の右はしに人が集まっているけれど、みんな背中をむけて、何かを囲むように丸く立っている。母上と、マルゴが両がわからばあやを抱いている。ばあやは顔を下にむけて泣いているみたいだ。

そのまわりにデュポールとジャック、ナタリーもいる。ヨランドと、ジェラールも。みんな何を取り囲んでいるんだろう。ばあやはもう立っていられないくらいに、ひどく泣いている。アンドレに何かがあったことは、もう間違いない。背中にぞくっと寒いものが走った。落ち着け、落ち着くんだ。ここで騒いだら、本当のことがわからないままだ。

みんな、輪になって何かを見るのに一生賢明で、誰もぼくの方を見るものがいないので、その隙に暗がりを通って大階段の左はしをそっとのぼった。そのとき、父上が玄関から入ってきた。みなが父上のほうを向いたので、ぼくはさっと大階段を横ぎって右はしの手すりのかげに隠れた。

階段下に集まっているみんなの頭より、少し高いところだ。誰かが上を見上げなければ見つからない。そっと乗り出して覗いたら、みなが取り囲んでいるのは、まちがいなくアンドレの上着だった。

「何があった」

父上を出迎えたジェラールが、マントを受けとりながら、答えている。
「パリの別邸から、これが届きました。中央市場の古着屋で、たまたまラルフがジャルジェカラーの服を見つけたので不審に思って買い取ったそうです。見ると、裏地に名前が」

ばあやが、何かを言おうとしたけれど、泣いてしまって言葉にならなかった。母上が背中をさすりながら、かわりに言った。

「間違いなくアンドレのものですわ」
「そうか…、他に手がかりは?」

母上が首を横にふった。ほかのみなは項垂れて黙っている。デュポールが進み出た。

「手がかりはございませんが、わたくしに心当たりがございます」
「うむ。申してみよ」
「先日、オスカル様がアンドレを連れてわたくしのところにいらっしゃいました」

デュポールは、ぼくがアンドレと万聖節の前の日のことを聞きにきたことを話した。それを聞いたばあやは、床にすわりこんでおいおいと泣いた。

「ジュネに…あ、あの子はジュネに会えると…思っ…」
「ばあや」

ばあやの背中を抱いている母上も泣きそうな声をだしていて、父上は腕を組んで難しいお顔をされた。デュポールも青い顔をしている。

「では、アンドレは独力でパリまで行ったのか。それとも、ジャルジェ邸の近辺で掠われたか」
「ヴェルサイユであれば、子供であっても服装でジャルジェ家の者なのは一目瞭然ですから、聞き込みに何人か出しましたが、目撃者はいませんでした」
「パリまで一人で行ったとも考えられんが…、ばあや、最後にアンドレを見たのはいつだ?」

父上にきかれて、ばあやが顔をあげたのを見てぼくはおどろいた。両方の目はまっ赤にはれあがっていて、ろうそくより白く青い顔は病人みたいだ。あんなばあやは見たことがなかった。

「そ…それが…」

ばあやの顔がもっと苦しそうにゆがんだ。母上も涙をためた目で、ばあやを助けてかわりに返事をした。ばあやは、ちゃんとしゃべることができないくらい、弱っていた。

「あなた、昨日はオスカルが高熱を出したので、ばあやは一晩オスカルについていました。今朝、熱が下がったところで、ばあやには休んでもらいましたが、部屋にアンドレの姿はなかったそうです。朝食の時間でしたので、厨房にでもいるのだろうとばあやはそのまま休みました。昼を過ぎてもアンドレが昼食に姿を見せないことにマルゴが気づいて、屋敷中の者に確認しましたが…今日アンドレを見た者は誰もいません」

ぼくは、みなの前にとびだす寸前だった。アンドレはひとりでパリに行ったんだ。なのに、だれもアンドレにそんなことができるとは思っていないのがくやしかった。だけど、今はアンドレを助けに行くことの方が大事だ。

今出ていけば、子供は引っ込んでいろと寝室に戻されてしまう。いつ出ていけばいいかなんてわからないけど、もう少しまって、一番いいときがくるのを待とう。ぼくは両手を強くにぎった。

「わ…わたしの…せい…でごっございます…!もっと、…ちゃ、ちゃんと…」
「ばあや、食事の時間に、健康な食欲のある子供のベッドが空だったら、誰だって食堂にいると思うわ」

母上がばあやをなぐさめて、デュポールが頭を下げた。

「賢いお子様であれば…、わたくしが、もっと思慮深くものを申すべきでした」

父上は、もうよい、とデュポールを手振りで止めると、アンドレの上着をひっくり返して念入りに見てから、何かをポケットから取りだした。

「ん?これは何だ?」

何だろう?父上の頭のかげになって、よく見えない。ぼくは音をたてないように体を乗りだした。何か小さなものだ。ばあやが、それを見て両手で口をふさいだ。

「これは…!父親が出兵前に与えたもので、あの子の宝物でございます。確か、エキュ銀貨がふたつ程入っていたかと…」
「革袋しか残っておらんな。いつも持ち歩いていたのか?」
「いいえ、普段は大事に引き出しに入れてありました。子供には大金でございますから」

そういえば、見たことはないけれど、アンドレから聞いたことがあった。お父上の出兵が急に決まって、何も用意できなかったから、お守りがわりに銀貨をもらった、って。一生使わないでとっておくんだ、って言っていた。それのことだ!袋しか残っていないなら、盗まれたんだ。アンドレが使ってしまうわけがない。

「ふむ。では、ふいに道ばたで掠われたのではなく、金を持って自ら出かけたのだろうな。アンドレは金の価値を知っておったのか?」
「いいえ、田舎暮らしで…お金を使ったことはなかったと思います。小遣いを持ったこともなくて…。銀貨は父親の形見のようなもので、ときどき出しては大事に磨いておりました」

ばあやは、だんだんしっかりしてきて、ちゃんと話ができるようになったみたいだ。それはよかったけれど、大人たちがアンドレのことをわかっていないことに我慢ができなくなった。今にも飛び出してしまいそうだ。

「まあ、お守りのつもりでそれを持って狼谷村にひとりで向かったのね。他に行きたいところがあるとは思えませんもの」

母上がいちばんよくわかっていらっしゃる。おかげで、何とか大声をださないでじっとしていることができた。

「まあ、有り金全部と上着を売った金で馬車を拾うなりすれば、狼谷村くらいならたどり着けるだろうが…8才の子供の行動と考えるのは無理がある。強奪されたか何かに巻き込まれたと考えた方が自然だな」

アンドレは馬車代のために上着を売ったりはしない。ぼくが服にしみをつけないように注意しているし、そんなこと気にするな、と言ったら怒りだしたくらいだ。どれだけ手間とお金がかかっているか、考えろって。

使用人が主人にそんなことを言ってはいけないと、あとでばあやにすごく怒られたみたいだけど、アンドレが言わなかったら、誰もぼくに気づかせてくれないことだった。アンドレは、いつも誰かのためのことを先に考えるやつなんだ。

だから、あいつは上着は売らない。盗まれたんだ。お金だってそうだ。アンドレは、今あぶない目にあっているにきまっている!

「この寒空に薄着で…。せめて何か買って食べていればよいけれど」
「持っていたのが小銭であれば、それも可能かもしれんが、子供が銀貨など持っているのを見られたら、その時点で奪われてしまうだろうな、パリならば」
「何とむごいことを…お父様の形見を子供から奪うなんて」

母上が、ばあやを抱きしめて、父上はこつこつと音をたてて、歩きながら考えていらっしゃる。ぼくは、父上が考えをまとめるのをじりじりしながら待った。

「パリの別邸の者に、手分けして市場周辺で聞き込みをするように使者を出せ。古着業者は明日憲兵に取り調べさせる。ヴェルサイユならともかく、パリとなれば、何も手がかりがないまま捜索しても手も足も出ない。今日できるのはそのくらいだ」

「あなた!もしアンドレが屋外で一夜を過ごすことになったら…!この寒さと空腹で体力が保たないのではありませんか?明日を待っていたら、もしかしたら取り返しがつかないことになるのでは?」

ばあやのかわりに、母上が父上にお願いしてくれている。ばあやはまた肩を丸くしてハンカチをくちゃくちゃにして目を拭いていて、デュポールがばあやの肩を支えた。父上は目を閉じて小さく首を振った。

「何とかしてやりたいのはやまやまなのだ。しかし、混沌の大都会パリで、しかも夜間に手がかりのないまま子供をひとり見つけ出すのは、庭園に落とした鍵を、灯りも持たずに探し回るようなものだ。とにかく、報告を待たねば動きが取れん」

そんな!服もお金も取られてしまったアンドレを明日の朝まで放っておいたら凍え死んでしまう。アンドレはパリを知らないし、知り合いもいない、別邸の場所だってわからないんだ。考えろ、オスカル・フランソワ。考えろ、考えろ、何か今できることがあるはずだ。ぼくは必死で考えた。

「アンドレはパリに馴染みはあるの?誰か助けを求める先は?」

母上がばあやに聞いている。アンドレの父上がパリに工房を持っていたことを聞いたことがあるけれど、パリの道はわからないと言っていた。だから、最初の計画を立てたとき、確実に狼谷村へ着けるよう、川沿いを離れないルートを考えたんだ。

「いいえ、奥様。あの子は…確か父親に連れられて何度か町を訪ねたことがあるくらいで、とても一人歩きなんて…」
「別邸に連れて行ったことがあるのでしょう?」
「一度だけ行きましたが…」
「そうよね。別邸に助けを求めに行けるなら、今頃保護したと連絡があってもいい頃だわ」

パリは迷路みたいな町だから、ぼくだって、ひとりで別邸に行くのは多分難しい。だからこそ、ぼくたちは川から離れないように行く道を…あ、何か思いつきそうな感じだ。考えろ、考えろ!

「使者は送ったか、デュポール」
「はい、ジャックに行かせました。そして、着いたらそのまま聞き込みに加わるように指示してあります」
「うむ。今夜のところはここまでだな。何か報告があれば、何時でも良いから知らせてくれ」
「かしこまりました」

父上がくるりと向きを変えて、書斎の方へ行こうとした。だめだ!まだ今日の内にできることがある。アンドレをたったひとりでパリに放り出したままにするなんて!パリ?何でみんなはアンドレがパリにいると思っているんだ?アンドレはパリを知らないけれど狼谷はよく知っている。そうだ!思いつきそうで思いつけなかったことが今わかった!

「父上!」

ぼくは大声をあげて階段をかけ降りた。みなが驚いてぼくを見て口々に何か言う。ぼくがいつから皆のすぐ上の階段のところにいたのかとか、どこから聞いていたかとか、そんなの全部あとでいい。ぼくは、真っ先に父上の前に立って直立した。

「父上!アンドレは狼谷村にいます。アンドレが狼谷村で行く場所はたった一つだから、行けばすぐ見つかります!お願いします!いますぐ連れて行ってください!」

それから、ぼくは頑張った。今まで出したことのないほどの力で、めちゃくちゃ頑張った。アンドレが狼谷村にいることを納得してもらうためには、全部今までのことを話さなきゃならないのに、聞いてもらえる前に子供扱いされて部屋に戻されたらアンドレの命に関わることになる。

そうだ。今日だって、ぼくが何度もアンドレのことを聞いたのに、アンドレに会いたいと言ったのに、侍女も母上も熱が下がるまで会えない、とごまかした。昼過ぎまで誰もアンドレがいないことに気づかなかった。ごまかさなければ、昼間のうちにアンドレが狼谷村に向かったことを言うことができたのに。

地面が凍るほど寒くなる前に迎えに行けたのに!足を踏みならして叫びたいくらいに悔しい。でも、それは後だ。とにかく、すべてを最後まで聞いてもらわなければ!

実際、何か言うたびに何度も遮られそうになった。病み上がりなんだから、明日にしましょうとか何とか。冗談じゃない。間に合わなかったらどうするつもりなんだ。

アンドレが狼谷村にいることは簡単には信じてもらえなかった。一人で村まで歩くなんて無理だとか、パリを出る前に迷ってしまった可能性もあるとか何とか。どんな可能性があったっていいじゃないか、行けばわかるんだから。

「ぼくが、絶対に迷わない計画を立ててアンドレに教えたんです。母上に会えるかどうか確かめたかったら諦めるな、と励ましたのもぼくです。アンドレはパリを知りません。だから、強盗にあって困ったら向かう先は狼谷村しかないんです。狼谷村はパリのとなりだから、歩き続ければぜったいに着ける、って言ったのもぼくです。アンドレはかならずそこにいます!」

ここまで全部言わせてもらうまで、遮られても、聞いてもらえなくても、くやしくても大声で怒鳴ったり叫んだりすることを我慢して、丁寧なことばだけを使って父上にお願いを続けた。今夜、ぼくは、一生分の忍耐を使ったと思う。7年だけど。

「狼谷村に行くのを明日まで待っても、いいことは何もありません。今が一番、アンドレを助けられるチャンスです。お願いです、父上。ひとりで行けるはずがない、とおっしゃいますが、アンドレならやりとげます。行ってみればわかります。一秒でもはやく、行かせて下さい。一生のお願いです!」

これほど頭を使ったこともないと思う。なぜ、今すぐアンドレを迎えに行かなければならないか、わかってもらうには何を言うか、何を言わないか、どのことばを使うか。頭が熱くなるほど考えながら、ぼくは父上にお願いした。

『むだ足になるのが嫌だからと言って、今動かなかったせいでアンドレが凍え死んだら、ぼくは一生自分も父上も許せません』と本当は思っていた。もう少しで言いそうになった。だけど、これは言ってはいけないことばだ。お願いするのはぼくの方だから。

「アンドレが凍え死んでしまうまで、もう時間がないかも知れないんです。父上、どうかお願いします!」

できるだけ、丁寧に、礼儀正しく、正しいことばで。膝を床について、頭を下げて。うんと頑張ったのに、いつの間にかぼくは泣いていた。

「どんなお叱りでも後で必ず受けます。今は狼谷村に行かせて下さい!」

母上がぼくの両方の肩を後ろから抱いてくれて、一緒に父上にお願いしてくださった。父上は目を閉じたままじっと黙っていらっしゃるばかりだ。

「どうか、わたくしからもお願いします。この子の望みを叶えてやってください。ばあやのためにも、わたしたち皆のためにも。後の悔いが残らないように」

「父上…お願いします」

ぼくはもう泣き声しか出なかった。父上はぼくをじっと見下ろしていたけれど、片膝をついた姿勢になって、ぼくと同じ高さのところからじっと見つめられた。涙でよく見えなかったけれど、ぼくも、父上の目をじっと見つめた。

「オスカル。おまえの気持ちはよくわかった。おまえの主張にも確かに一理ある。確かに、今夜狼谷村まで捜索に出て空振りに終わっても、選択肢がひとつ減るだけのことだから、試すのにやぶさかではない。ただし条件がある」

アンドレを助けに行けるなら、どんな条件でものんでやる。ぼくはおおきく頷いた。
「はい、父上」

「アンドレを無事に保護できれば良いが、村までの道中か、村に着いてからか、見たくもない結果を発見する可能性もある。わかるか?どういうことか」
「はい」
「おまえが望んだことだ。まだ幼すぎるかと迷ったが、どちらの結果に終わろうとも、おまえがしかとその目で見届ける覚悟を持って同行しろ。それができるなら、今すぐ出発だ」
「はい!父上、ありがとうございます!」

デュポールと母上とジェラールが、わっと父上を囲んだ。ぼくを連れて行くのは思い止まって欲しいというのだ。特に母上は、ぼくが病み上がりなのを心配していた。ぼくぐらいの年齢のこどもが熱病で死んでしまうことは珍しくないからだ。だけど、ぼくは何があっても行くつもりだったので、今度は母上たちと一戦交えないといけないかと身構えた。

「オスカルとの約束は今成立した。オスカルはいずれ責任の如何かを学ばねばならんのだ」

実は父上は4人も部下を外で待たせていた。4人は父上の命令を受けると、すぐに馬を駆って走り去った。その後を追うように、ぼくとばあや、母上の侍女のマドレーヌとナタリーが馬車に乗り、父上とジェラールが騎馬で併走することになった。パリで一度馬を換えて、休まずに狼谷村まで行く。

ばあやは、みんなに止められたけれど、どうしてもと言い張って行くことになった。マルゴが大急ぎで食べ物や飲み物や、アンドレを包むための毛布を用意してくれた。捜索用のカンテラと燃料をシモン爺が準備してくれた。みんな真剣に、てきぱきと動いていて、嬉しかったけれど、少し恥ずかしかった。ぼくは、口だけだったから。

祈るように手を合わせた母上とデュポール達に見送られて、馬車は出発した。

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