12月24日、ジャルジェ家では昼過ぎから次々と到着した客人達が、それぞれ懐かしい顔ぶれとの再会を喜んだ。まるで咲き乱れる花と陽光に溢れる春が、真冬のヴェルサイユのここにだけに一足先に訪れたかのようだった。
迎える当主夫妻は晴れやかに声をたてて笑い、特に将軍は長女マリー・アンヌの夫君であるヴィルロワ伯との再開を喜んだ。
マリー・アンヌは四人の子供に恵まれたが、いずれも女児だった。図らずも同じ苦労を抱える同士となった将軍とヴィルロワ伯である。顔を合わせれば、家族の中で唯一の男である悲哀を面白可笑しく洒落た尾ひれ付きで語り合うのが恒例だった。
ジャルジェ夫人はと言えば、かしましくお話をねだる孫娘達や、競い合ってオスカル相手にラテン語の詩を暗唱して見せる孫息子達の姿に、幸せそうな笑顔を絶やすことがなかった。
シナモンとナツメグの焼き菓子を焼く香りが屋敷中を満たし、暖炉の薪が勢い良く爆ぜる音が心地よい。先程、将軍は大真面目な面相を娘達にからかわれながら、家長らしく勿体ぶった所作で、聖水を大薪に振りかけ暖炉にくべるという、降誕祭の大役を無事終えた。
居間の暖炉の上に飾られた聖家族と三人の賢者を飾る緑は、森から切り出されてきたばかり。ヒバと糸杉の新鮮な切り口から青く瑞々しい芳香を放っている。
ノエルには不思議な力がある。
良くも悪くも家族の繋がりが自分のルーツであることを思い出す日。会えない家族に思いを馳せずにいられぬ日。彼らがこの世にいようと、天の国の住人であろうと。
再会の興奮が落ち着いたところで、クロチルドとマリー・アンヌはそれぞれ連れてきた召使いに荷を解かせ、しばしの休息をとった。軽い晩餐を済ませたあと、姉妹は父母と末の妹を、再びこの屋敷の大サロンに誘った。
玄関の間のすぐ奥、屋敷のほぼ中央に位置する大広間は、高い円形天井を女人像柱が支える荘厳な造りになっている。9人のミューズが描かれた天井画と、半円にせり出した窓の高さが、先代の高貴な身分に対する誇りを彷彿させる。
長らく使われることがなかったが、今年は久々に開かれた大舞踏会のために、大幅な修復がなされ、壁面装飾は落ち着いた金色の塗料で緻密に縁取られていた。
姉達に導かれるままにオスカルがサロンに入ってみると、衝立やら椅子やらテーブルを動かしては、首をひねっているアンドレがいた。
昨夕、連隊本部で別行動になって以来、時々雑事に追われて駈けずり回っている姿を見かけただけで一言も交わす機会がなかったオスカルは、随分久しぶりに彼に会うような気がした。
オスカルに気づいたアンドレは嬉しそうに笑って見せた。しかし、言葉を交わす機会は与えられなかった。華やかにサロンへ入って来た姉達の家族の中から、脱兎のごとく飛び出してきた2人の子供がアンドレに飛びついたからだ。
アンドレは5歳位の女の子を抱き上げ、8歳位の男の子の手を引いて、また後でな、とオスカルに目で合図すると、サロンの隅に設えた古い玩具やら絵本やらを集めた子供用の一角で彼らの相手をするために下がって行った。
今日は特別に小さな子供にも大人と同じ空間で、就寝時間を気にせずに起きていることが許される夜なのだ。オスカルの後ろでくすり、と笑う声が聞こえた。
「もう暫らくアンドレを貸してちょうだいね。ジュリアンとソフィーがすっかり懐いてしまったの」
クロチルドが愉しげに、夫の腕に手をかけてオスカルに微笑みかけていた。
「姉上にかかると…お子達と私は同列扱いでございますな」
苦笑するオスカルに、クロチルドは満面の笑みを湛えて伸び上がり、のっぽの妹にビズを贈った。そして恭しく父母はじめ、全てのジャルジェ一族が着席するのを確認すると、パンパン、と手を打ち家族の注意を集める。頬は興奮でうすばら色に上気していた。
「今夜はお父様とお母様、それから明日お誕生日を迎えるオスカルにささやかな贈り物として内緒で用意した物があります。どうか受け取ってくださいな」
クロチルドが連れてきた侍女が、主人の合図で6人の若い器楽奏者を招き入れた。
ジャルジェ家の6姉妹の中で特に音楽の才能に恵まれたクロチルドは、自身もクラブサンとハープの優れた奏者である。結婚してからは経済的な理由や、機会喪失のため埋もれてしまう才能を惜しみ、若手音楽家の発掘と教育援助に勤しんでいた。
クロチルドの婚家であるヴェルディエ家には常に数人の学生が投宿している。王立音楽アカデミーに所属する者、教師をしながら発表の場を待つ者、作曲に専念出来る環境を与えられる者など様々であるが、それぞれの才能に応じてヴェルティエ家から援助を受けている。
「まあ、今夜はあなた秘蔵の芸術家達の演奏が楽しめるのですね。いつかこんな機会があればと思っていました。皆で聖夜を過ごせるだけでも幸せなのに、今年の降誕祭は何て素敵なのでしょう!」
素直に喜びを表現するジャルジェ夫人の横で、あまり素直ではないが、明らかに嬉しそうな夫君が、一生懸命緩みそうな口元を引き締める努力をしている。
マロン・グラッセに子守りを一時任せたアンドレが、アンサンブルの若者と親しげに言葉を交わしながら、楽器の搬入や譜面台の調節、椅子や足台の設置を手伝い始めた。
なるほど、そういうことか。彼がヴェルティエ家に頻繁に召し出されていたのは、この準備に協力するためだったのだろう。オスカルが片眉を上げて目配せすると、アンドレは小さく肩をすくめて見せた。
『わたしの負けか?』
アンドレにしか分からない指のサインを送ってみた。右目の端でそれを捉えたアンドレの口角がわずかに上がる。確かに、時が経てば明らかになるはかりごとだ。オスカルはもう一度サインを送った。
『降参』
勤務後たびたびヴェルティエ家に呼び出されるアンドレに、何度もほったらかしの憂き目に遭わされていたので、是が非にも真相解明をしてやるつもりだったが。すれ違い生活が寂しくて、それどころではなかったのだ。
それを拗ねている自分にオスカルは苦笑した。
『やっぱりわたしも甥っ子達と同列に違いないな』
両親の楽しそうな様子を見るのは久しぶりだった。父は自業自得だが、母には心配をかけまくった負い目があるオスカルである。
賑やかなノエルに相好を崩す両親を見れば、アンドレを姉に取られて味わった多少の寂しい思いは、充分報われたと思う。暗い疑心案儀をオスカルに抱かせぬように、秘密の存在を堂々と明かした上で、賭けゲームを持ちかけたアンドレの配慮が心憎かった。
そうとわかれば、姉の秘蔵楽団をゆっくり楽しませていただこう。オスカルはゆったりと椅子に座り直し、準備が整うのを待つことにした。ちらりとオスカルを盗み見るアンドレの笑みが、どこか意味ありげに見えたが、もう気にはならなかった。
🎻 ♪ 🎹 🎻 ♪ 🎹
降誕祭に相応しく、演奏はコルレリの合奏協奏曲No6第8番(クリスマス協奏曲)から始まった。
「今日はお父様、お母様のために古き良き時代の曲を何曲かと…」
クロチルドはオスカルの手を取った。
「あなたの為には、モーツアルトを。最近では新しい譜面も手に入りづらいし、作曲者から直に指導を受けた者も少ないので、苦労したわ。マリー・アンヌお姉さまに、お礼を言って頂戴ね。とても助けていただいたから。そういう訳で4曲しか用意できなかったけれど」
オスカルに驚愕の色が浮かぶ。
「よく…手に入れられましたな…。彼の作品はフランスではもう長いこと不評で、是非聞きたければウィーンまで行かなければ叶わないと思っておりました」
クロチルドは、オスカルが贔屓の作曲家の数曲を演奏するために、どれ程の骨折りを要したかを一瞬で理解した妹を眩しい想いで見つめた。
「それに関してはアンドレにお礼を言うことね。どんなにパリが彼を酷評しても、頑としてモーツアルトこそ真の天才であり、野放図で傍若無人と評されるのは、彼が芸術においての自由な意思を手放さないからだ、という自説を曲げない頑固者に贈るのはこれしかない、と言い張ったもう一人の頑固者にね」
オスカルは何か言いたげに口を開きかけたが。
「とにかく聴いてちょうだい」
クロチルドはこれから待ち受ける愉しみに今にも踊りだしそうな手で妹を制した。楽団の後ろでは、控えていたアンドレが静かに椅子を移動し、4人の奏者が前に出てきた。
第一、第二ヴァイオリンとヴィオラ、チェロによる四重奏曲が始まった。オスカルだけでなく、ジャルジェファミリーの誰も聴いたことのないモーツァルト。第一楽章の序奏が不協和音で始まった時、ジャルジェ夫妻やヴィルロワ夫妻は驚いた様子を見せたが、オスカルは身じろぎひとつせずに、旋律に身を重ねていた。
混沌としたアダ-ジョは一気に晴朗に上昇し、アレグロに変わる。第二楽章のソナタ形式も、第三楽章のメヌエットも意表を突いた変則的なもので、ヴィルロワ伯などは落ち着きなくそわそわし始めた。
第四楽章で力強くアレグロが演奏されて、明るい喜びに満ちた旋律に、彼はようやくほっとした様子見せた。
最終楽章が終了する。やや戸惑いがちな拍手が上がった。オスカルは動けない。長旅を終え馬車から降り立ったときのように、身体の芯がまだ揺さぶられている。
「オスカル?」
クロチルドが声をかけたが、オスカルは声を失ったまま、瞬きすら忘れて佇んでいる。
「お義兄さまは、あまりお気に召さなかったみたいね。あなたのその様子では、良かったということなのかしら?」
ようやく身体中の自由が利くようになったかのように、オスカルは我に返った。
「ああ、姉上…。有難うございます。1年前の私であれば、義兄上と同じように思ったかもしれません。何と言えばいいのか、今は胸が一杯です」
オスカルは震える声で姉に応えた。
クロチルドは首を傾げた。
「胸に一杯になったものが、あなたにとって良きものだといいけれど」
オスカルは胸に手を当ててみた。相容れないいくつもの想いがせめぎ合う音が聞こえる。美しいばかりではない葛藤が、ひとつの協奏曲となって振動していた。
「・・・もちろんです、姉上。この上なく豊かな恵みを授かった思いです」
「それは良かったわ。あなたにはどう聴こえたの?評判はすこぶる悪い曲なのよ」
カルテットがこの曲を仕上げるのに費やした労力は並大抵ではなかった。楽器が対立せずに対話を始めるまで、一時は奏者四人が決裂する瀬戸際まで追い詰められたほどの難曲だったのだ。
妹は何か深いところで受け取ったものがあるようだ。クロチルドは是非それを知りたかった。評判が悪いと聞いたオスカルは、意外そうな面持ちを姉に向けた。
「不協和音が協和音へ、対立する主題が全体では調和し…。4つの弦が異なる旋律を奏でながら、豊かなひとつの楽想を作り上げる…。評判はともかく、私にはこれが必要でした。
人間がこの曲を創り上げたのならば人間もまた、個々の自由を保ち、対立で傷つき合うことすら抱き込んで全体で調和することができる。いつか必ず…。そう信じる事ができます。私は、これで前へ進めます、姉上…。未知の時代でも、怯まずに」
「そう、とても嬉しいわ。お父様なんかうたた寝してるけど」
オスカルは立ち上がり、姉に抱擁を乞うた。姉は優しく抱擁を返し、秘密を打ち明けた。
「アンドレの選曲なのよ」
「え?あいつが?」
「難曲すぎると反対したの。他の優美でやさしい曲なら、何曲も仕上げることができると言っても譲らないの。なのに、理由を聞いてもただ何となくってそれだけなのよ。なんなのかしらね、あの根拠のない確信は」
オスカルはつかの間きょとんとしたが、くすくすと笑いだした。
「それは大変でしたな、ふふふ」
「本当よ。楽譜の印刷ミスに違いないってカルテットが大騒ぎだったんだから」
「ミスではありませんな。和声はあれ意外考えられないでしょう」
「完成品を聴けばそうでしょうけど、試演奏の段階では酷いものだったのよ。彼には譜面を見ただけで音が聞こえるような才能があるの?」
「あいつは、本当に何となくそう思ったんだと思います」
オスカルは笑い続け、姉は分からないわね、と首を竦めた。
「結果良ければ…だわ」
くだんの彼は、飽き飽きしてしまった子供を担いで、ホールへ出て行ってしまい、扉越しに子供の歓声がかすかに洩れ聞こえていた。
その後の選曲は、誰の耳にも優しい優美な楽曲が続いた。若い芸術家達の才能を開花させることが、至上の喜びであるクロチルドをパトロンに持つ若者達はパトロンの好みに合わせる制約を受けていなかった。
宮廷音楽家には技術の面でまだ及ばなくても、音色には創造の喜びに満ちていた。それは聴く者も緩ませる。久しぶりに心から寛いだ様子の将軍に、嫁いだ娘達が楽器を押しつける茶目っ気を発揮させるほど、空気が和む。
娘達の懇願に押され、久しく手にしたことの無かったバイオリンを手に、将軍は遠い記憶を頼りにバッハのバイオリンとチェンバロのためのソナタに挑戦した。行きつ戻りつ、気まぐれなリズムを奏でる弦は時に涙声を出し、風邪をひいた。
チェンバロ代わりのフォルテピアノが必死に将軍にあわせようと追いかけ、心ならずも追してしまい、笑いを誘った。優雅で上品なはずのバッハがユーモラスな即興曲風に仕上がった。
ジャルジェ夫人は惜しみない拍手と賞賛を贈った。それを皮切りに、座はさらに飾らない空気が流れ始めたのだった。
母娘が連弾した。初挑戦という触れ込みだったが、きっとこっそり練習して来たに違いない朗々としたヴィルロワ伯のアリアが披露された。
座は音楽を言葉代わりに楽しむリラックスした心地良い雰囲気に包まれた。ふとオスカルは使用人達がサロンの続きになっている図書室の扉を開放して熱心に聞き入っているのに気づいた。
恐らく姉達も両親も気づいているだろう。誰も咎めだてる気配はない。暗黙の内に、彼らも一時役目を忘れることを許され、招き入れられている。そのような空間がオスカルには心地良かった。
オスカルも当然のように演奏を請われた。そこで、返礼の意味もこめて父母と姉に「精霊の踊り」を贈った。かつて、アンドレに『おまえ向きじゃない』と言われたことのあるグルックの天国的なフルートの旋律を何とかヴァイオリンで演奏すると、ヴェルディエ家のアンサンブルは、即興とは思えないほど見事に和音をあわせてくれた。
思いがけない事が起きた。どんなに促されてもダンスには腰を上げなかった将軍が、妻に手を差し出したのだ。息を呑む気配があちこちで起り、ジャルジェ夫人はほんの一刻驚いた様子を見せたが、すぐにこの上なく幸せそうにその手を取った。
少々無骨でくそ真面目なリードに、水に浮かぶ月影のように自在に形を変えてはもとの姿に戻る、一見儚そうでいて壊れることのない夫人の動きが美しかった。オスカルは急遽、モーツアルトのメヌエットに演奏を切り替える。アンサンブルのピアノ奏者も機敏についてきた。
時折、父と目が合う。娘の奏でる旋律は、春の日差しとなり軽やかに野を遊び、川面を滑り小魚の群れの間を通り抜ける。ストリングの澄み切った響きが踊るように父の動きを先導し、離れ、追いかけ、足元に、肩先に触れては逃げる。
あたかも持つことを許されなかった、父娘としての―父息子ではなく―時間をこの数分間に凝縮して取り戻そうとするかのように。そして、音楽の魔法は父娘が絆を結び直すのに数分すら要しなかった。
やがて父は母の元へ戻って行った。夫婦の踊りは、性質も動作も体つきも違う二人の人間が織りなす自然な調和に満ちている。家族のざわめきが潮の引くように消えてゆき、声もなく二人の姿に魅了されていた。
それは、紛れもなく分かちがたい「一対のもの」であった。二人で重ねた長い歴史がステップの呼吸に垣間見え、見るものの目を惹きつける。誰も疑問を差し挟む余地のない繋がり。オスカルの弓を持つ手が、かすかに震えた。
宴を締めくくるには持って来いのタイミングだった。夜もふけ、日付が変わるまでにあと1時間ほど、という時刻になり、サロンの隅では睡魔に最後の抵抗を試みているクロチルドの末娘、ソフィーが寝室へ連れて行こうとするアンドレに貼りついたまま、猛然と抗議の声を上げ、居残ることを主張していた。
困り果てたアンドレの側では、様子を見に来た12歳になるソフィ-の姉セシルが、この状況には打つ手がないことを大げさに訴えている。そこに、お開きを告げる母の声を聞いたセシルと、ジュリアンが同時に大声をあげた。
「えーっ!アンドレのお歌がまだだよ!」
「歌のプレゼント!お誕生日にするんでしょう?」
「うわ、だ、だめですよ!そんな大きな声で!」
子供の声はよく通るのである。しかし、慌てたアンドレの声も充分大きかった。普段の印象が落ち着いている彼だけに、よっぽどの秘密が大バレしたことを暴露してしまったのだ。
「どうして?あんなに先生に怒られても一生懸命練習していたのに!」
ジュリアンがもう一声挙げ、アンドレは馬の後足で蹴り飛ばされたらきっとこんな顔をする、といった体で、子供を小脇に抱えて退室しようとした。
遅かった。
サロンにいる全員―今や図書室に集結していた使用人達も全員サロンに移動していた―が彼に注目していた。絶体絶命のアンドレの胸中を模して、アンサンブルのバイオリン奏者が高音でバッハのトッカータとフーガの最初の一節を奏でると、それを受けて低音でチェロとバスが続いた。
ご丁寧にも半音外してよろよろして見せたのでどっと笑いが沸き起こった。遊び心いっぱいの若い奏者達は絶体絶命のアンドレの胸中を、大喜びで音で代弁したのだった。
オスカルだけがひたすら唖然としている。
心臓が凍りつく震撼というものがあるならば、きっと今自分が経験しているのがそうに違いない。アンドレは蒼白になって立ち尽くしてしまったが、すぐ目の前のジュリアンの瞳に、見る見るうちに涙が盛り上がってきたのが目に入り、我に還った。
「言っちゃいけなかったの?困ってる?ごめんね、ごめんね…」
可哀相に、小さな彼は何かとんでもないことをしでかしてしまったことを悟り、泣きべそをかいている。大人の悪気のない笑いは、往々にして子供には痛かったりするのだ。見れば、腕に抱いているソフィーまで、疲れと眠いのも手伝ってしゃくりあげ始めていた。
無理やり気持ちを落ち着かせて、アンドレはジュリアンの前に屈みこみ、あいている片腕で彼の肩を抱くと背中をさすってやった。
「困ってなどいませんよ。ただちょっと勇気が足りなかっただけです」
振り返ると大人達は使用人も含めて、新たな展開に期待の眼差しを自分の方に向けているのが分かった。オスカルはまだぽかんとしたまま、バイオリンをぶら下げて立っている。クロチルドは、申し訳なさそうに両手を口元に当てて目を見開いていた。
図書室へ繋がる扉わきの壁際では馴染みの同僚達がやんややんやと興奮している。使用人仲間の集まりなどで、子供のころからアンドレの歌唱力は買われていたのだ。
アンドレは、カタカタと小さく肩を震わすジュリアンの頭をくしゃっと撫でると、細い肩を抱いたまま立ち上がった。ジュリアンはしっかりアンドレの足にしがみ付く。
使用人である自分の立場からすれば速やかに退出すべきだ。でもこの小さな男の子の気持ちと、妹のためにと準備に準備を重ねたこの子の母の落胆を思った。暖かく誰をも受け入れる、寛容な空気に満ちているこの場で、取るべき行動に思いを巡らせたアンドレは一つの結論に達した。
―まあ、どう悪く転んでもおばあちゃんのヤキが入るよりひどい事にはならないだろう。
2人の子供をぶら下げたまま、アンドレが二言三言、手近に居たビオラ奏者に何か告げると、彼は悪戯っぽく口角を上げ頷いた。そしてアンドレはセシルも手招いて、楽団のさらに下手へ立つと子供達にこう言った。
「皆のおかげで臆病者にならずに済みました。有難う。でもまだもう少し勇気が足りません。皆が一緒に手伝ってくれたらきっとオスカルにお誕生日を祝ってあげられると思います。手伝っていただけますか?」
いじらしい程一生懸命唇をへの字に結んだジュリアンが大きく頷く。セシルも頬を桃色に染めて、小さく頷き、マリー・アンヌの末娘でおしゃまなルイーズも駆け寄って来た。
「きっとわたしが一番上手だと思うわ!」
即席の聖歌隊が出来上がった。
アンドレが子供達に何か囁いて、聴衆に頭を下げた。子供達も彼に倣い、それぞれ自分が一番優雅と信じている礼をした。微笑ましい光景に、あちこちから慈しみのこもった笑い声が洩れる。ソフィーはまだアンドレに抱かれたまま離れない。
「大変出すぎた真似を致しますが、聖夜の夢と思ってお許しください。皆様に幸多かれと心からの祈りを込めて歌わせて頂きます」
そう言って、すっかり落ち着いた笑顔を浮かべたアンドレは、オスカルの方を向いて言葉をかける。
「まだ少し早いけどオスカル、誕生日おめでとう」
先程の彼の狼狽からして、この状況は心ならずして勃発したハプニングらしいことは明らかだ。それなのに完璧に気持ちを切り替えているアンドレがオスカルには誇らしかった。誕生日の祝福をくれた幼馴染に、オスカルは華のような笑みを返した。すると、アンドレが右手で拳を作り親指だけを床に向けて見せた。
『俺の負け』
懐かしい手指合図だ。アンドレはオスカルがサインを受け取ったのを見て取ると、大きく息を吸い込んだ。そして、子供たちに合図を送る。
透き通る真っ直ぐな声量を抑えた声が、静かに力強くサロンを突き抜けていった。
Adeste Fideles (O Come Ye fathful)
Laeti triumphant (Joyful and triumphant)
最初の4小節を肉声だけで歌うアンドレに、静かに三声の弦の音が重なっていった。少しの狂いもなく完璧に合った音程に、感嘆のため息が沸き起こった。2小節遅れてピアノがコードを加えていく。
Venite、Venite in Bethlehem
(O Come ye、 O Come ye to Bethlehem)
緊張を少しずつ解いた子供達が、一人、二人と加わり、子供特有の素朴な鈴のような愛らしい高音が添えられると、一段とハーモニーが清らかさを増していく。
Natum videte (Come and be hold him)
Regem angelorum (Born the King of angels)
Venite adoremus、 (O come、 let us adore him)
Venite adoremus、 (O come、 let us adore him)
Venite adoremus (O come、 let us adore him)
Dominum (Christ the Lord)
曲J.F Francis 訳F.Oakeley W.T.Brooke
賛美歌111番(18世紀中盤 作)
最低限にビブラートを抑えて素直にメロディーを形作るアンドレは、静かな中に力強さを、優しい強弱を巧みに操って救世主の誕生への賛歌を物語りのように歌った。その抑えた表現が、子供達の爽やかな華やかさを引き立て、ちょっとした音程の狂いもリズムのたどたどしさも、一層愛らしく響いた。
曲が2番に入った時、アンドレとは違った大人の不思議な女声的な声が、伴奏の器楽の音色の更に後ろの方で、主旋律から2小節遅れて追いかけるように装飾的な別旋律で彩りを添えた。
アンサンブルの後方で、ひたすらじっと目立たぬように座っていた50台と見える無鬘で濃い茶色と白髪が混じる癖の強い短髪に、鋭い灰色の眼光を持つ痩せぎすの男が立ち上がって居た。
オスカルはその男に見覚えがあった。姉の館で声楽と作曲を指導している男で、イタリア人とは知っていたが、とても無口で愛想の悪いところがイタリア人らしくないと思ったのを思い出した。その男が加わったことに気づいたアンドレは、最初驚きの素振りを見せたがすぐに嬉しそうに微笑んだ。
聖夜の祝福が、そこにいるものを包み込んだ。ハーモニーは深みを増し、奏者も聴衆もひとつになる。3章を終える頃には、サロンにいる全員が歌の輪に加わっていた。最後のフレーズが主を褒め称えて消えていくと、ひと時、広間は深海のような静けさに包まれた。そして音と一体になっていた人々が自分自身に還り、ブラヴォー、と歓声が上がった。
子供達は、両親と祖父母、ジャルジェ家の使用人、伴奏を務めた奏者達からも、スタンディングオベ―ションと拍手を貰って有頂天になっていた。
「じゃあ、もう一曲だけ、これも皆のよく知っている歌だよ」
と、しゃがみ込んだアンドレと額を突き合わせて、うきうきと短い打ち合わせを済ませた子供達が大張り切りでしゃん、と居並ぶ。また聴衆から拍手が沸き起こった。
Ding dong!merrily on high
in heave'n the bell are ringing
Ding dong!verily the sky
is riv'n with angel singing
Gloria!Hosanna in excelsis!
Ding Dong!Merrily On High
16世紀フランス伝承曲
詩 G.R.Woodward
(*この時代は原詩のラテン語で歌われていたと思
われますが、原詩を見つけることができなかった
ので、英訳詩のみ示してあります)
今度は、全身でリズムを楽しみながら子供達が歌いだした。メロディーと、鐘の音をあらわすDing!Dong!を交代で掛け合わせるのが面白くて夢中になってしまう彼らに振り回されながら、ピアノとストリングも楽しげにあわせる。
歌より鐘の音が面白くてついに子供達はDing!Dong!の輪唱になってしまったので、慌ててアンドレが旋律を加えるはめになって笑いが起こった。
オスカルに懐かしい記憶が甦る。子供の頃、アンドレと二人でやはり掛け合いを楽しみながら歌った歌だ。うまく合わないと、遅いだの良く聞いていないだのアンドレにつっかかった。当時の自分と、目の前の子供が重なる。大威張りでアンドレに指図をしたけれど、傍から見れば今繰り広げられている光景とさほど変わらなかったに違いない。両親と姉夫婦は楽しそうに一緒にリズムを取っていた。
演奏が全て終わり、大人から賞賛を受ける子供達がすっかり輪の中心になったのを見て取ると、アンドレは頑張りぬいてついに彼の腕の中で沈没してしまったソフィー抱き、そっと場を離れようとした。
すると、アンドレの袖をオスカルが引いた。
「アンドレ、有難う。わたしは…」
言葉にならなくなってしまったオスカルを見ただけで、どんなに彼女がこの形のない贈り物を深く受け取ってくれたのか、たちどころに伝わってきた。まだ少々残っていた決まり悪さが、すっと消えていく。
アンドレは照れたように笑って見せた。いささか格好悪い形で、大勢のギャラリーの前で歌うはめになったが、彼女が喜んでくれたなら上々だ。
「みんなクロチルド様が、おまえにと考えてくださったんだよ。おれは…はは、あんなことになって参ったけど」
オスカルは微笑んで首を振った。
「姉上の采配におまえが深く関わっているのがわたしにはわかる。こんなに嬉しい贈り物を貰ったのは初めてだ。本当に有難う」
幸せそうに、素直に気持ちを伝えてくるオスカルを、アンドレは愛しげに見つめていたが、重い頭がずり落ちそうになって来たソフィーを楽な体勢に抱き直すとオスカルにそっと耳打ちした。
「これから皆、深夜ミサに出かけるだろう?おまえは少し遅れると言って、ちょっと此処に残っていてくれないか?おれはこの子を寝かせてくるから」
「え?」
「礼を言われるのは、まだ早いんだ」
アンドレはそれだけ言うと片手を挙げ、子供を抱いてサロンから出ていった。サロンでは奏者が労われ、シャンペンを振る舞われていた。
はしゃぐ子供達はマロン・グラッセに促されて寝室へと導かれて行った。使用人達はまだ夢見心地のまま、それぞれの持ち場へ急ぐ。クロチルドがオスカルにウィンクを送って寄越したので、オスカルもアンドレの言葉の意味を訝しく思いながら、姉に感謝と祝福を贈る為にサロン中央に戻って行った。
迎える当主夫妻は晴れやかに声をたてて笑い、特に将軍は長女マリー・アンヌの夫君であるヴィルロワ伯との再開を喜んだ。
マリー・アンヌは四人の子供に恵まれたが、いずれも女児だった。図らずも同じ苦労を抱える同士となった将軍とヴィルロワ伯である。顔を合わせれば、家族の中で唯一の男である悲哀を面白可笑しく洒落た尾ひれ付きで語り合うのが恒例だった。
ジャルジェ夫人はと言えば、かしましくお話をねだる孫娘達や、競い合ってオスカル相手にラテン語の詩を暗唱して見せる孫息子達の姿に、幸せそうな笑顔を絶やすことがなかった。
シナモンとナツメグの焼き菓子を焼く香りが屋敷中を満たし、暖炉の薪が勢い良く爆ぜる音が心地よい。先程、将軍は大真面目な面相を娘達にからかわれながら、家長らしく勿体ぶった所作で、聖水を大薪に振りかけ暖炉にくべるという、降誕祭の大役を無事終えた。
居間の暖炉の上に飾られた聖家族と三人の賢者を飾る緑は、森から切り出されてきたばかり。ヒバと糸杉の新鮮な切り口から青く瑞々しい芳香を放っている。
ノエルには不思議な力がある。
良くも悪くも家族の繋がりが自分のルーツであることを思い出す日。会えない家族に思いを馳せずにいられぬ日。彼らがこの世にいようと、天の国の住人であろうと。
再会の興奮が落ち着いたところで、クロチルドとマリー・アンヌはそれぞれ連れてきた召使いに荷を解かせ、しばしの休息をとった。軽い晩餐を済ませたあと、姉妹は父母と末の妹を、再びこの屋敷の大サロンに誘った。
玄関の間のすぐ奥、屋敷のほぼ中央に位置する大広間は、高い円形天井を女人像柱が支える荘厳な造りになっている。9人のミューズが描かれた天井画と、半円にせり出した窓の高さが、先代の高貴な身分に対する誇りを彷彿させる。
長らく使われることがなかったが、今年は久々に開かれた大舞踏会のために、大幅な修復がなされ、壁面装飾は落ち着いた金色の塗料で緻密に縁取られていた。
姉達に導かれるままにオスカルがサロンに入ってみると、衝立やら椅子やらテーブルを動かしては、首をひねっているアンドレがいた。
昨夕、連隊本部で別行動になって以来、時々雑事に追われて駈けずり回っている姿を見かけただけで一言も交わす機会がなかったオスカルは、随分久しぶりに彼に会うような気がした。
オスカルに気づいたアンドレは嬉しそうに笑って見せた。しかし、言葉を交わす機会は与えられなかった。華やかにサロンへ入って来た姉達の家族の中から、脱兎のごとく飛び出してきた2人の子供がアンドレに飛びついたからだ。
アンドレは5歳位の女の子を抱き上げ、8歳位の男の子の手を引いて、また後でな、とオスカルに目で合図すると、サロンの隅に設えた古い玩具やら絵本やらを集めた子供用の一角で彼らの相手をするために下がって行った。
今日は特別に小さな子供にも大人と同じ空間で、就寝時間を気にせずに起きていることが許される夜なのだ。オスカルの後ろでくすり、と笑う声が聞こえた。
「もう暫らくアンドレを貸してちょうだいね。ジュリアンとソフィーがすっかり懐いてしまったの」
クロチルドが愉しげに、夫の腕に手をかけてオスカルに微笑みかけていた。
「姉上にかかると…お子達と私は同列扱いでございますな」
苦笑するオスカルに、クロチルドは満面の笑みを湛えて伸び上がり、のっぽの妹にビズを贈った。そして恭しく父母はじめ、全てのジャルジェ一族が着席するのを確認すると、パンパン、と手を打ち家族の注意を集める。頬は興奮でうすばら色に上気していた。
「今夜はお父様とお母様、それから明日お誕生日を迎えるオスカルにささやかな贈り物として内緒で用意した物があります。どうか受け取ってくださいな」
クロチルドが連れてきた侍女が、主人の合図で6人の若い器楽奏者を招き入れた。
ジャルジェ家の6姉妹の中で特に音楽の才能に恵まれたクロチルドは、自身もクラブサンとハープの優れた奏者である。結婚してからは経済的な理由や、機会喪失のため埋もれてしまう才能を惜しみ、若手音楽家の発掘と教育援助に勤しんでいた。
クロチルドの婚家であるヴェルディエ家には常に数人の学生が投宿している。王立音楽アカデミーに所属する者、教師をしながら発表の場を待つ者、作曲に専念出来る環境を与えられる者など様々であるが、それぞれの才能に応じてヴェルティエ家から援助を受けている。
「まあ、今夜はあなた秘蔵の芸術家達の演奏が楽しめるのですね。いつかこんな機会があればと思っていました。皆で聖夜を過ごせるだけでも幸せなのに、今年の降誕祭は何て素敵なのでしょう!」
素直に喜びを表現するジャルジェ夫人の横で、あまり素直ではないが、明らかに嬉しそうな夫君が、一生懸命緩みそうな口元を引き締める努力をしている。
マロン・グラッセに子守りを一時任せたアンドレが、アンサンブルの若者と親しげに言葉を交わしながら、楽器の搬入や譜面台の調節、椅子や足台の設置を手伝い始めた。
なるほど、そういうことか。彼がヴェルティエ家に頻繁に召し出されていたのは、この準備に協力するためだったのだろう。オスカルが片眉を上げて目配せすると、アンドレは小さく肩をすくめて見せた。
『わたしの負けか?』
アンドレにしか分からない指のサインを送ってみた。右目の端でそれを捉えたアンドレの口角がわずかに上がる。確かに、時が経てば明らかになるはかりごとだ。オスカルはもう一度サインを送った。
『降参』
勤務後たびたびヴェルティエ家に呼び出されるアンドレに、何度もほったらかしの憂き目に遭わされていたので、是が非にも真相解明をしてやるつもりだったが。すれ違い生活が寂しくて、それどころではなかったのだ。
それを拗ねている自分にオスカルは苦笑した。
『やっぱりわたしも甥っ子達と同列に違いないな』
両親の楽しそうな様子を見るのは久しぶりだった。父は自業自得だが、母には心配をかけまくった負い目があるオスカルである。
賑やかなノエルに相好を崩す両親を見れば、アンドレを姉に取られて味わった多少の寂しい思いは、充分報われたと思う。暗い疑心案儀をオスカルに抱かせぬように、秘密の存在を堂々と明かした上で、賭けゲームを持ちかけたアンドレの配慮が心憎かった。
そうとわかれば、姉の秘蔵楽団をゆっくり楽しませていただこう。オスカルはゆったりと椅子に座り直し、準備が整うのを待つことにした。ちらりとオスカルを盗み見るアンドレの笑みが、どこか意味ありげに見えたが、もう気にはならなかった。
🎻 ♪ 🎹 🎻 ♪ 🎹
降誕祭に相応しく、演奏はコルレリの合奏協奏曲No6第8番(クリスマス協奏曲)から始まった。
「今日はお父様、お母様のために古き良き時代の曲を何曲かと…」
クロチルドはオスカルの手を取った。
「あなたの為には、モーツアルトを。最近では新しい譜面も手に入りづらいし、作曲者から直に指導を受けた者も少ないので、苦労したわ。マリー・アンヌお姉さまに、お礼を言って頂戴ね。とても助けていただいたから。そういう訳で4曲しか用意できなかったけれど」
オスカルに驚愕の色が浮かぶ。
「よく…手に入れられましたな…。彼の作品はフランスではもう長いこと不評で、是非聞きたければウィーンまで行かなければ叶わないと思っておりました」
クロチルドは、オスカルが贔屓の作曲家の数曲を演奏するために、どれ程の骨折りを要したかを一瞬で理解した妹を眩しい想いで見つめた。
「それに関してはアンドレにお礼を言うことね。どんなにパリが彼を酷評しても、頑としてモーツアルトこそ真の天才であり、野放図で傍若無人と評されるのは、彼が芸術においての自由な意思を手放さないからだ、という自説を曲げない頑固者に贈るのはこれしかない、と言い張ったもう一人の頑固者にね」
オスカルは何か言いたげに口を開きかけたが。
「とにかく聴いてちょうだい」
クロチルドはこれから待ち受ける愉しみに今にも踊りだしそうな手で妹を制した。楽団の後ろでは、控えていたアンドレが静かに椅子を移動し、4人の奏者が前に出てきた。
第一、第二ヴァイオリンとヴィオラ、チェロによる四重奏曲が始まった。オスカルだけでなく、ジャルジェファミリーの誰も聴いたことのないモーツァルト。第一楽章の序奏が不協和音で始まった時、ジャルジェ夫妻やヴィルロワ夫妻は驚いた様子を見せたが、オスカルは身じろぎひとつせずに、旋律に身を重ねていた。
混沌としたアダ-ジョは一気に晴朗に上昇し、アレグロに変わる。第二楽章のソナタ形式も、第三楽章のメヌエットも意表を突いた変則的なもので、ヴィルロワ伯などは落ち着きなくそわそわし始めた。
第四楽章で力強くアレグロが演奏されて、明るい喜びに満ちた旋律に、彼はようやくほっとした様子見せた。
最終楽章が終了する。やや戸惑いがちな拍手が上がった。オスカルは動けない。長旅を終え馬車から降り立ったときのように、身体の芯がまだ揺さぶられている。
「オスカル?」
クロチルドが声をかけたが、オスカルは声を失ったまま、瞬きすら忘れて佇んでいる。
「お義兄さまは、あまりお気に召さなかったみたいね。あなたのその様子では、良かったということなのかしら?」
ようやく身体中の自由が利くようになったかのように、オスカルは我に返った。
「ああ、姉上…。有難うございます。1年前の私であれば、義兄上と同じように思ったかもしれません。何と言えばいいのか、今は胸が一杯です」
オスカルは震える声で姉に応えた。
クロチルドは首を傾げた。
「胸に一杯になったものが、あなたにとって良きものだといいけれど」
オスカルは胸に手を当ててみた。相容れないいくつもの想いがせめぎ合う音が聞こえる。美しいばかりではない葛藤が、ひとつの協奏曲となって振動していた。
「・・・もちろんです、姉上。この上なく豊かな恵みを授かった思いです」
「それは良かったわ。あなたにはどう聴こえたの?評判はすこぶる悪い曲なのよ」
カルテットがこの曲を仕上げるのに費やした労力は並大抵ではなかった。楽器が対立せずに対話を始めるまで、一時は奏者四人が決裂する瀬戸際まで追い詰められたほどの難曲だったのだ。
妹は何か深いところで受け取ったものがあるようだ。クロチルドは是非それを知りたかった。評判が悪いと聞いたオスカルは、意外そうな面持ちを姉に向けた。
「不協和音が協和音へ、対立する主題が全体では調和し…。4つの弦が異なる旋律を奏でながら、豊かなひとつの楽想を作り上げる…。評判はともかく、私にはこれが必要でした。
人間がこの曲を創り上げたのならば人間もまた、個々の自由を保ち、対立で傷つき合うことすら抱き込んで全体で調和することができる。いつか必ず…。そう信じる事ができます。私は、これで前へ進めます、姉上…。未知の時代でも、怯まずに」
「そう、とても嬉しいわ。お父様なんかうたた寝してるけど」
オスカルは立ち上がり、姉に抱擁を乞うた。姉は優しく抱擁を返し、秘密を打ち明けた。
「アンドレの選曲なのよ」
「え?あいつが?」
「難曲すぎると反対したの。他の優美でやさしい曲なら、何曲も仕上げることができると言っても譲らないの。なのに、理由を聞いてもただ何となくってそれだけなのよ。なんなのかしらね、あの根拠のない確信は」
オスカルはつかの間きょとんとしたが、くすくすと笑いだした。
「それは大変でしたな、ふふふ」
「本当よ。楽譜の印刷ミスに違いないってカルテットが大騒ぎだったんだから」
「ミスではありませんな。和声はあれ意外考えられないでしょう」
「完成品を聴けばそうでしょうけど、試演奏の段階では酷いものだったのよ。彼には譜面を見ただけで音が聞こえるような才能があるの?」
「あいつは、本当に何となくそう思ったんだと思います」
オスカルは笑い続け、姉は分からないわね、と首を竦めた。
「結果良ければ…だわ」
くだんの彼は、飽き飽きしてしまった子供を担いで、ホールへ出て行ってしまい、扉越しに子供の歓声がかすかに洩れ聞こえていた。
その後の選曲は、誰の耳にも優しい優美な楽曲が続いた。若い芸術家達の才能を開花させることが、至上の喜びであるクロチルドをパトロンに持つ若者達はパトロンの好みに合わせる制約を受けていなかった。
宮廷音楽家には技術の面でまだ及ばなくても、音色には創造の喜びに満ちていた。それは聴く者も緩ませる。久しぶりに心から寛いだ様子の将軍に、嫁いだ娘達が楽器を押しつける茶目っ気を発揮させるほど、空気が和む。
娘達の懇願に押され、久しく手にしたことの無かったバイオリンを手に、将軍は遠い記憶を頼りにバッハのバイオリンとチェンバロのためのソナタに挑戦した。行きつ戻りつ、気まぐれなリズムを奏でる弦は時に涙声を出し、風邪をひいた。
チェンバロ代わりのフォルテピアノが必死に将軍にあわせようと追いかけ、心ならずも追してしまい、笑いを誘った。優雅で上品なはずのバッハがユーモラスな即興曲風に仕上がった。
ジャルジェ夫人は惜しみない拍手と賞賛を贈った。それを皮切りに、座はさらに飾らない空気が流れ始めたのだった。
母娘が連弾した。初挑戦という触れ込みだったが、きっとこっそり練習して来たに違いない朗々としたヴィルロワ伯のアリアが披露された。
座は音楽を言葉代わりに楽しむリラックスした心地良い雰囲気に包まれた。ふとオスカルは使用人達がサロンの続きになっている図書室の扉を開放して熱心に聞き入っているのに気づいた。
恐らく姉達も両親も気づいているだろう。誰も咎めだてる気配はない。暗黙の内に、彼らも一時役目を忘れることを許され、招き入れられている。そのような空間がオスカルには心地良かった。
オスカルも当然のように演奏を請われた。そこで、返礼の意味もこめて父母と姉に「精霊の踊り」を贈った。かつて、アンドレに『おまえ向きじゃない』と言われたことのあるグルックの天国的なフルートの旋律を何とかヴァイオリンで演奏すると、ヴェルディエ家のアンサンブルは、即興とは思えないほど見事に和音をあわせてくれた。
思いがけない事が起きた。どんなに促されてもダンスには腰を上げなかった将軍が、妻に手を差し出したのだ。息を呑む気配があちこちで起り、ジャルジェ夫人はほんの一刻驚いた様子を見せたが、すぐにこの上なく幸せそうにその手を取った。
少々無骨でくそ真面目なリードに、水に浮かぶ月影のように自在に形を変えてはもとの姿に戻る、一見儚そうでいて壊れることのない夫人の動きが美しかった。オスカルは急遽、モーツアルトのメヌエットに演奏を切り替える。アンサンブルのピアノ奏者も機敏についてきた。
時折、父と目が合う。娘の奏でる旋律は、春の日差しとなり軽やかに野を遊び、川面を滑り小魚の群れの間を通り抜ける。ストリングの澄み切った響きが踊るように父の動きを先導し、離れ、追いかけ、足元に、肩先に触れては逃げる。
あたかも持つことを許されなかった、父娘としての―父息子ではなく―時間をこの数分間に凝縮して取り戻そうとするかのように。そして、音楽の魔法は父娘が絆を結び直すのに数分すら要しなかった。
やがて父は母の元へ戻って行った。夫婦の踊りは、性質も動作も体つきも違う二人の人間が織りなす自然な調和に満ちている。家族のざわめきが潮の引くように消えてゆき、声もなく二人の姿に魅了されていた。
それは、紛れもなく分かちがたい「一対のもの」であった。二人で重ねた長い歴史がステップの呼吸に垣間見え、見るものの目を惹きつける。誰も疑問を差し挟む余地のない繋がり。オスカルの弓を持つ手が、かすかに震えた。
宴を締めくくるには持って来いのタイミングだった。夜もふけ、日付が変わるまでにあと1時間ほど、という時刻になり、サロンの隅では睡魔に最後の抵抗を試みているクロチルドの末娘、ソフィーが寝室へ連れて行こうとするアンドレに貼りついたまま、猛然と抗議の声を上げ、居残ることを主張していた。
困り果てたアンドレの側では、様子を見に来た12歳になるソフィ-の姉セシルが、この状況には打つ手がないことを大げさに訴えている。そこに、お開きを告げる母の声を聞いたセシルと、ジュリアンが同時に大声をあげた。
「えーっ!アンドレのお歌がまだだよ!」
「歌のプレゼント!お誕生日にするんでしょう?」
「うわ、だ、だめですよ!そんな大きな声で!」
子供の声はよく通るのである。しかし、慌てたアンドレの声も充分大きかった。普段の印象が落ち着いている彼だけに、よっぽどの秘密が大バレしたことを暴露してしまったのだ。
「どうして?あんなに先生に怒られても一生懸命練習していたのに!」
ジュリアンがもう一声挙げ、アンドレは馬の後足で蹴り飛ばされたらきっとこんな顔をする、といった体で、子供を小脇に抱えて退室しようとした。
遅かった。
サロンにいる全員―今や図書室に集結していた使用人達も全員サロンに移動していた―が彼に注目していた。絶体絶命のアンドレの胸中を模して、アンサンブルのバイオリン奏者が高音でバッハのトッカータとフーガの最初の一節を奏でると、それを受けて低音でチェロとバスが続いた。
ご丁寧にも半音外してよろよろして見せたのでどっと笑いが沸き起こった。遊び心いっぱいの若い奏者達は絶体絶命のアンドレの胸中を、大喜びで音で代弁したのだった。
オスカルだけがひたすら唖然としている。
心臓が凍りつく震撼というものがあるならば、きっと今自分が経験しているのがそうに違いない。アンドレは蒼白になって立ち尽くしてしまったが、すぐ目の前のジュリアンの瞳に、見る見るうちに涙が盛り上がってきたのが目に入り、我に還った。
「言っちゃいけなかったの?困ってる?ごめんね、ごめんね…」
可哀相に、小さな彼は何かとんでもないことをしでかしてしまったことを悟り、泣きべそをかいている。大人の悪気のない笑いは、往々にして子供には痛かったりするのだ。見れば、腕に抱いているソフィーまで、疲れと眠いのも手伝ってしゃくりあげ始めていた。
無理やり気持ちを落ち着かせて、アンドレはジュリアンの前に屈みこみ、あいている片腕で彼の肩を抱くと背中をさすってやった。
「困ってなどいませんよ。ただちょっと勇気が足りなかっただけです」
振り返ると大人達は使用人も含めて、新たな展開に期待の眼差しを自分の方に向けているのが分かった。オスカルはまだぽかんとしたまま、バイオリンをぶら下げて立っている。クロチルドは、申し訳なさそうに両手を口元に当てて目を見開いていた。
図書室へ繋がる扉わきの壁際では馴染みの同僚達がやんややんやと興奮している。使用人仲間の集まりなどで、子供のころからアンドレの歌唱力は買われていたのだ。
アンドレは、カタカタと小さく肩を震わすジュリアンの頭をくしゃっと撫でると、細い肩を抱いたまま立ち上がった。ジュリアンはしっかりアンドレの足にしがみ付く。
使用人である自分の立場からすれば速やかに退出すべきだ。でもこの小さな男の子の気持ちと、妹のためにと準備に準備を重ねたこの子の母の落胆を思った。暖かく誰をも受け入れる、寛容な空気に満ちているこの場で、取るべき行動に思いを巡らせたアンドレは一つの結論に達した。
―まあ、どう悪く転んでもおばあちゃんのヤキが入るよりひどい事にはならないだろう。
2人の子供をぶら下げたまま、アンドレが二言三言、手近に居たビオラ奏者に何か告げると、彼は悪戯っぽく口角を上げ頷いた。そしてアンドレはセシルも手招いて、楽団のさらに下手へ立つと子供達にこう言った。
「皆のおかげで臆病者にならずに済みました。有難う。でもまだもう少し勇気が足りません。皆が一緒に手伝ってくれたらきっとオスカルにお誕生日を祝ってあげられると思います。手伝っていただけますか?」
いじらしい程一生懸命唇をへの字に結んだジュリアンが大きく頷く。セシルも頬を桃色に染めて、小さく頷き、マリー・アンヌの末娘でおしゃまなルイーズも駆け寄って来た。
「きっとわたしが一番上手だと思うわ!」
即席の聖歌隊が出来上がった。
アンドレが子供達に何か囁いて、聴衆に頭を下げた。子供達も彼に倣い、それぞれ自分が一番優雅と信じている礼をした。微笑ましい光景に、あちこちから慈しみのこもった笑い声が洩れる。ソフィーはまだアンドレに抱かれたまま離れない。
「大変出すぎた真似を致しますが、聖夜の夢と思ってお許しください。皆様に幸多かれと心からの祈りを込めて歌わせて頂きます」
そう言って、すっかり落ち着いた笑顔を浮かべたアンドレは、オスカルの方を向いて言葉をかける。
「まだ少し早いけどオスカル、誕生日おめでとう」
先程の彼の狼狽からして、この状況は心ならずして勃発したハプニングらしいことは明らかだ。それなのに完璧に気持ちを切り替えているアンドレがオスカルには誇らしかった。誕生日の祝福をくれた幼馴染に、オスカルは華のような笑みを返した。すると、アンドレが右手で拳を作り親指だけを床に向けて見せた。
『俺の負け』
懐かしい手指合図だ。アンドレはオスカルがサインを受け取ったのを見て取ると、大きく息を吸い込んだ。そして、子供たちに合図を送る。
透き通る真っ直ぐな声量を抑えた声が、静かに力強くサロンを突き抜けていった。
Adeste Fideles (O Come Ye fathful)
Laeti triumphant (Joyful and triumphant)
最初の4小節を肉声だけで歌うアンドレに、静かに三声の弦の音が重なっていった。少しの狂いもなく完璧に合った音程に、感嘆のため息が沸き起こった。2小節遅れてピアノがコードを加えていく。
Venite、Venite in Bethlehem
(O Come ye、 O Come ye to Bethlehem)
緊張を少しずつ解いた子供達が、一人、二人と加わり、子供特有の素朴な鈴のような愛らしい高音が添えられると、一段とハーモニーが清らかさを増していく。
Natum videte (Come and be hold him)
Regem angelorum (Born the King of angels)
Venite adoremus、 (O come、 let us adore him)
Venite adoremus、 (O come、 let us adore him)
Venite adoremus (O come、 let us adore him)
Dominum (Christ the Lord)
曲J.F Francis 訳F.Oakeley W.T.Brooke
賛美歌111番(18世紀中盤 作)
最低限にビブラートを抑えて素直にメロディーを形作るアンドレは、静かな中に力強さを、優しい強弱を巧みに操って救世主の誕生への賛歌を物語りのように歌った。その抑えた表現が、子供達の爽やかな華やかさを引き立て、ちょっとした音程の狂いもリズムのたどたどしさも、一層愛らしく響いた。
曲が2番に入った時、アンドレとは違った大人の不思議な女声的な声が、伴奏の器楽の音色の更に後ろの方で、主旋律から2小節遅れて追いかけるように装飾的な別旋律で彩りを添えた。
アンサンブルの後方で、ひたすらじっと目立たぬように座っていた50台と見える無鬘で濃い茶色と白髪が混じる癖の強い短髪に、鋭い灰色の眼光を持つ痩せぎすの男が立ち上がって居た。
オスカルはその男に見覚えがあった。姉の館で声楽と作曲を指導している男で、イタリア人とは知っていたが、とても無口で愛想の悪いところがイタリア人らしくないと思ったのを思い出した。その男が加わったことに気づいたアンドレは、最初驚きの素振りを見せたがすぐに嬉しそうに微笑んだ。
聖夜の祝福が、そこにいるものを包み込んだ。ハーモニーは深みを増し、奏者も聴衆もひとつになる。3章を終える頃には、サロンにいる全員が歌の輪に加わっていた。最後のフレーズが主を褒め称えて消えていくと、ひと時、広間は深海のような静けさに包まれた。そして音と一体になっていた人々が自分自身に還り、ブラヴォー、と歓声が上がった。
子供達は、両親と祖父母、ジャルジェ家の使用人、伴奏を務めた奏者達からも、スタンディングオベ―ションと拍手を貰って有頂天になっていた。
「じゃあ、もう一曲だけ、これも皆のよく知っている歌だよ」
と、しゃがみ込んだアンドレと額を突き合わせて、うきうきと短い打ち合わせを済ませた子供達が大張り切りでしゃん、と居並ぶ。また聴衆から拍手が沸き起こった。
Ding dong!merrily on high
in heave'n the bell are ringing
Ding dong!verily the sky
is riv'n with angel singing
Gloria!Hosanna in excelsis!
Ding Dong!Merrily On High
16世紀フランス伝承曲
詩 G.R.Woodward
(*この時代は原詩のラテン語で歌われていたと思
われますが、原詩を見つけることができなかった
ので、英訳詩のみ示してあります)
今度は、全身でリズムを楽しみながら子供達が歌いだした。メロディーと、鐘の音をあらわすDing!Dong!を交代で掛け合わせるのが面白くて夢中になってしまう彼らに振り回されながら、ピアノとストリングも楽しげにあわせる。
歌より鐘の音が面白くてついに子供達はDing!Dong!の輪唱になってしまったので、慌ててアンドレが旋律を加えるはめになって笑いが起こった。
オスカルに懐かしい記憶が甦る。子供の頃、アンドレと二人でやはり掛け合いを楽しみながら歌った歌だ。うまく合わないと、遅いだの良く聞いていないだのアンドレにつっかかった。当時の自分と、目の前の子供が重なる。大威張りでアンドレに指図をしたけれど、傍から見れば今繰り広げられている光景とさほど変わらなかったに違いない。両親と姉夫婦は楽しそうに一緒にリズムを取っていた。
演奏が全て終わり、大人から賞賛を受ける子供達がすっかり輪の中心になったのを見て取ると、アンドレは頑張りぬいてついに彼の腕の中で沈没してしまったソフィー抱き、そっと場を離れようとした。
すると、アンドレの袖をオスカルが引いた。
「アンドレ、有難う。わたしは…」
言葉にならなくなってしまったオスカルを見ただけで、どんなに彼女がこの形のない贈り物を深く受け取ってくれたのか、たちどころに伝わってきた。まだ少々残っていた決まり悪さが、すっと消えていく。
アンドレは照れたように笑って見せた。いささか格好悪い形で、大勢のギャラリーの前で歌うはめになったが、彼女が喜んでくれたなら上々だ。
「みんなクロチルド様が、おまえにと考えてくださったんだよ。おれは…はは、あんなことになって参ったけど」
オスカルは微笑んで首を振った。
「姉上の采配におまえが深く関わっているのがわたしにはわかる。こんなに嬉しい贈り物を貰ったのは初めてだ。本当に有難う」
幸せそうに、素直に気持ちを伝えてくるオスカルを、アンドレは愛しげに見つめていたが、重い頭がずり落ちそうになって来たソフィーを楽な体勢に抱き直すとオスカルにそっと耳打ちした。
「これから皆、深夜ミサに出かけるだろう?おまえは少し遅れると言って、ちょっと此処に残っていてくれないか?おれはこの子を寝かせてくるから」
「え?」
「礼を言われるのは、まだ早いんだ」
アンドレはそれだけ言うと片手を挙げ、子供を抱いてサロンから出ていった。サロンでは奏者が労われ、シャンペンを振る舞われていた。
はしゃぐ子供達はマロン・グラッセに促されて寝室へと導かれて行った。使用人達はまだ夢見心地のまま、それぞれの持ち場へ急ぐ。クロチルドがオスカルにウィンクを送って寄越したので、オスカルもアンドレの言葉の意味を訝しく思いながら、姉に感謝と祝福を贈る為にサロン中央に戻って行った。
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