ダグー大佐を伴ったオスカルが執務室に戻ると、そこにはいつも笑顔で出迎えてくれる従卒の姿は無かった。代わりに未決済の報告書や申請書類が優先順位順に執務机上に整然と並べられている。
オスカルが着座すると自然に右手が届く場所に筆記用具がぴたりと配置されているところが何とも小憎らしい。
書き上げられた本日の業務日誌は、当該ページが視界に入るように開かれて置かれている。隊長殿が首を微動だにせずとも、一目で確認できる仕組みだ。
「お、アンドレ・グランディエはまた調馬場ですかな?」
美しく整頓された卓上の書類に触発されたダグー大佐が、口ひげの位置がきちんと左右対称になるように整えたので、オスカルは、両方の律儀な男たちに向けてくすりと唇の端で微笑んだ。
「きっと、本日の書類を決裁し終えた頃にオートマタよろしく時刻正確に戻ってくるだろう。ひとつ賭けてみるかね、大佐?」
「それは賭けになりませんでしょう」
髭のオヤジは人懐っこく笑った。
違いない、と軽く頷くとオスカルは副官にも着席を促し、さあ仕事しろと言わんばかりに整形された羽ペンを手に取った。手の甲にしっくり収まる羽のカーブは、まるであつらえたかのようだ。
オスカルの手に合うカーブを持つ羽を彼が厳選していることを発見したのはこの愛すべき髭の副官だった。他人の目でなければ発見できないほど、オスカルにとって当たり前になってしまった彼の心使いは、他にも無数にあるに違いない。
本人に問うてみれば、『う~ん、そう言えば選んでいるかもなあ』と幼馴染みは頭をかいて見せた。その程度のことなら意識上に上げるまでもないらしい。
その場にいない彼に催促されているような圧を背中に受けながら、オスカルは苦笑いをかみ殺してペン先をインクに浸した。
🐎 🥕 🐎 🥕 🐎 🥕 🐎
にわかにオスカルの執務室の外が賑やかになった。数人の兵士が執務室窓際に寄り掛かって談笑を始めたらしい。時刻は次の衛兵交代まであと30分ほど。夜勤を控え、時間調整中の連中だ。
「今日の夜勤は一班のようですな」
良しにつけ悪しにつけ騒ぎの火種になること常習の一班だけに、ダグ―大佐があっさりと兵士の声を同定した。
「そこの窓際がどうしても好きと見える。話が筒抜けだと再三警告してやったのだが」
苦笑するオスカルに大佐は目尻を下げた。
「引力の中心がここにおわしますから。自然と引き寄せられてしまうのでしょう」
「褒め言葉として頂いておこう。子ガモを率いる親ガモになった気分だがね」
小さな隊帽をかぶった子ガモが尻を振り振り隊列を組んで必死に親ガモの後を追う姿を一瞬思い浮かべたダグ―大佐はつい笑い声を漏らしてしまった。
「す、すみません、失礼を。どちらかと言えば大地の女神の求心力、と言いたかったのですが」
ぐっと笑いをこらえて見れば、顔を上げた美しい上司は困ったとように眉根を寄せている。目が合った途端、相手も同じように親子カモの隊列の図を思い浮かべていたことを知り、二人は堰が切れたように笑った。
「こ、こんな風に笑える日が来るとは想像したこともありませんでしたよ」
「あはは、全くだ。赴任時は一歩間違えればこちらが焼き鳥にされるところだった」
「隊長がいらしてくださったお陰です。この巡り合わせにはどう感謝してもしきれません」
「大佐の助力があればこそだ。わたしの方こそ感謝に堪えない」
「オートマタの彼にも」
「うん、彼には苦労をかけた」
「よく労ってやってください」
「そうしよう」
兵士の談笑を背に、二人はそれぞれの感慨を味わいながらその日の業務の仕上げにかかった。間もなくダグ―大佐が事務処理を完了して退室すると、窓の外は一段賑やかになった。フランソワとアンドレが合流したらしい。早速アランが茶々を入れる声が聞こえる。
「よう、フランソワ、上達したか?」
「まあね」
「今日は優しいアンドレ先生で良かったな。いい子で褒められたか、ハン?」
「それがさあ、優しかったのは最初だけで今は厳しいの何のって」
「それだけ上達したってことだよ。あともう一息だ」
サポート役が天職らしいアンドレは、オスカルが近衛衛兵協同定例会議に出席する時間を利用して、フランソワに乗馬の手ほどきをするようになっていた。最近では忙しい彼に代わり、隊に復帰した班長も協力してくれるようになっており、フランソワは速歩を習得するまでに上達していた。
班長にはよく怒鳴られていると聞くが、馬への気遣いは班長よりも細やかだとアンドレは評している。元来の心優しさから馬の動きを繊細に読み過ぎて手綱さばきのタイミングが合わないだけで、もう少し経験を積めば人馬一体のいい騎手になりそうだよ、と。
心優しいのも気配りお化けもおまえの方だろう、と素直に口に出すには、隊長殿は若干ふて腐れていた。他人の恋路を応援する彼は、隊長殿の所有欲を刺激するからだ。
もちろん、そんなことは口が裂けても言わない。気配りの天才なら、そのくらい察してしかるべきはずなのに、のっぽなだけに幼馴染みの灯台元は暗かった。
さて。青年が思いのほか筋のいい生徒だったこともあり、他人の足元を照らすのに忙しいアンドレは、彼がもう少し自在に馬を扱えるようになるまで指導を続けるつもりらしい。
大事な彼女を馬に横座りに乗せ、パリを並足で一周してやるくらいであれば、フランソワの馬術は十分な仕上がりであるが、先日会ったフランソワのヴィルナのじゃじゃ馬ぶりからすると、彼女がちんやりおとなしく横抱きされて乗馬する、という想定は無謀なるギャンブルであることが発覚したからだ。
少なくとも大好きだという馬に初めて乗った少女が、血沸き肉躍るに任せて馬上アクロバットを繰り広げても、片手で制御出来るくらいには、青年を鍛えておきたいアンドレ先生だった。
「うん・・・、恩に着るよアンドレ」
おや?オスカルは訝しく思った。当のフランソワに覇気がない。
「そしたら彼女乗せてやるんだよな。いいなあ彼女持ちは」
ラサールに突っ込まれ、フランソワの声が更に勢いを失う。
「彼女じゃないよ、ただの幼馴染」
聞くとはなしに聞き流していたオスカルの羽ペンを持つ手が静止した。『ただの幼馴染』。他人事ながらなぜかあまり聞いて嬉しくない。慌てて両手で頬をぴたぴたと叩き、仕事に注意を戻す。
「進展なしか?情けね~」
「ちょっと黙っててよ、アラン」
「アンドレ先生に書いてもらった火傷しそうなあっちっちのラブレターはどうしたんだよ」
「君のハートに風穴ズッキュン銃弾入りとかね」
「ひゃはは!そ…それアンドレらしいね」
「やめとけ、こいつの弾丸は的を外すぞ」
君たち。君たち。アンドレを知らないな。奴はな、もっと、何と言うか…辛口方面も甘口方面も守備範囲が広大だぞ。おまえたちが想像する以上に、わたしが知る限り辛口のあいつは…。
と、その先はどう言い換えてもフォローになり得ないことを思い出し、オスカルは頭をわしわしとかきむしった。頼むからおまえ達、どこかよそでくっちゃべってくれ。
「弾丸入りか。そのアイデア、良いかもしれないな」
過去の乱行をあてこすられて苦笑いでもしているかと思いきや、なぜか真面目に頷くアンドレの声がした。
「きゃあ、アンドレ素敵に過激~」
「さ…さっそく、ぶ…武器庫へGo!」
ラサールとジャンが喜んで囃し立てる。
アンドレは意に介せずフランソワに進言した。
「手紙に関しては戦略を誤ったと思うぞ。あの娘には婉曲な言い回しは通用しない。装飾無しの直接的表現でなければ通じないだろうな」
「直接的って?」
「ずばり好きだと言わないとダメだ」
そうだろうな、とオスカルも同意した。鈍感さと鋭敏さが面白くミックスされた娘だったが、多分鈍感部門はアンドレの見立て通りだ。
「余計なことは言わず、主旨だけにした方がいい。ハートを射た弾丸とか矢は演出に使える。他に解釈しようがないからな」
「えええ~?じゃあやっぱりモノホンの弾丸を入れるの?」
フランソワ本人よりピエールが大喜びし、アランまで口笛を吹いた。まさかとは思うが、オスカルもつい聞き耳を立てる。
「まさか。本物じゃないよ。例えば弾丸型のドラジェを注文してハート型の箱に入れてプレゼントするとか。ハート型ビスキュイの真ん中に一発めり込んだのとかもいけるぞ。好きそうじゃないか、そういう物騒なやつ」
アンドレ。おまえ、なぜそういう発想を他人のためばかりに駆使するのだ。と窓のこちら側でオスカルが不平を洩らすと同時に窓向こうのアランも一言発した。
「おまえなあ、人の心配より先にそれ隊長にやれよ」
「…黙れ」
「ふん、腰抜けが」
ああ、男達、男達。わたしを引き合いに出すならばそこで話をするのは即刻やめろ。オスカルは脱力しながらも、アランに良くぞ言ってくれたと気持ち感謝した。
「ヴィルナは確かに好きだよ、そういうの…って言うか、何で知っているのさ!あいつの好みとか、ずばり言わないと通じないとか!」
フランソワ、今頃気づいたか、遅い。
オスカルの注意は今や窓外に100パーセント向いていた。
「酒場で会ったからだよ。名乗るつもりはなかったけど、成り行きでね。彼女から間接的に知らされるのは不愉快だろうから先に言っておく」
「アンドレ~~~!あいつは惚れっぽいところがあるんだ、やめてよ~」
「大丈夫だ大丈夫。オスカルも一緒だったし、おれなんかおじさん呼ばわりだった、何にもないって」
「おじさん…」
「へっ!おれは何で隊長が一緒なら大丈夫なのかそいつを知りたいね、お、じ、さん」
「ぐ…っ!」
そうだ、アラン。今日はいいところを突いて来るな。わたしと一緒だから何がどうだと言うのだアンドレ。オスカルは最早誰の味方をしているのか自分でもわからなくなっていた。
「アンドレがおじさん… 」
フランソワはそこで世にも恐ろしいことを思い出した。そうだった、ヴィルナはあれだ。あれにはほとほと困っている。隊長も一緒だったってことは…! 訊くのはこわいが、フランソワは思いきって訊いた。
「ア…アンドレ…。隊長もヴィルナと会ったの?」
「会ったよ。賢い子だと感心していた」
「で…で…。アンドレがおじさんなら、まさか…隊長はお…お…」
「ああ、さすがにオスカルをおばさんとは…」
アンドレ!おまえ、首の根を洗って待っていろ。ふっふ、楽しみだな。非常に楽しみだ。オスカルはぽきぽきと両指を鳴らした。
「じゃ…じゃあヴィルナは…隊長を何て呼んだ…の?」
「ドラ娘」
「うわあああああああああっ!」
フランソワは頭を抱えて座り込み、アランは甲高く口笛を吹きならし、ラサール以下隊員たちはおののき戦慄した。
「お…おまえの彼女…命知らずだな…」
「だから、彼女じゃ・・・」
「すげえ度胸だ」
そして、アンドレがつぶやいた一言は彼らの騒ぎに交じり、幸いなことにオスカルの耳には届かなかった。
「フランソワ、おまえも苦労したんだな。わかるよ」
オスカルは気の毒なフランソワの声で私人から隊長の顔に戻った。時刻を確認すると衛兵交代まであと15分ほどだ。あと10分もすればスタンバイしなければならない。仕方ない、長い夜の前にフランソワを救ってやろう。オスカルはやれやれと首を振ると、窓を大きく開けた。
「おい、楽しそうだな。わたしも混ぜてくれ」
オスカルが着座すると自然に右手が届く場所に筆記用具がぴたりと配置されているところが何とも小憎らしい。
書き上げられた本日の業務日誌は、当該ページが視界に入るように開かれて置かれている。隊長殿が首を微動だにせずとも、一目で確認できる仕組みだ。
「お、アンドレ・グランディエはまた調馬場ですかな?」
美しく整頓された卓上の書類に触発されたダグー大佐が、口ひげの位置がきちんと左右対称になるように整えたので、オスカルは、両方の律儀な男たちに向けてくすりと唇の端で微笑んだ。
「きっと、本日の書類を決裁し終えた頃にオートマタよろしく時刻正確に戻ってくるだろう。ひとつ賭けてみるかね、大佐?」
「それは賭けになりませんでしょう」
髭のオヤジは人懐っこく笑った。
違いない、と軽く頷くとオスカルは副官にも着席を促し、さあ仕事しろと言わんばかりに整形された羽ペンを手に取った。手の甲にしっくり収まる羽のカーブは、まるであつらえたかのようだ。
オスカルの手に合うカーブを持つ羽を彼が厳選していることを発見したのはこの愛すべき髭の副官だった。他人の目でなければ発見できないほど、オスカルにとって当たり前になってしまった彼の心使いは、他にも無数にあるに違いない。
本人に問うてみれば、『う~ん、そう言えば選んでいるかもなあ』と幼馴染みは頭をかいて見せた。その程度のことなら意識上に上げるまでもないらしい。
その場にいない彼に催促されているような圧を背中に受けながら、オスカルは苦笑いをかみ殺してペン先をインクに浸した。
🐎 🥕 🐎 🥕 🐎 🥕 🐎
にわかにオスカルの執務室の外が賑やかになった。数人の兵士が執務室窓際に寄り掛かって談笑を始めたらしい。時刻は次の衛兵交代まであと30分ほど。夜勤を控え、時間調整中の連中だ。
「今日の夜勤は一班のようですな」
良しにつけ悪しにつけ騒ぎの火種になること常習の一班だけに、ダグ―大佐があっさりと兵士の声を同定した。
「そこの窓際がどうしても好きと見える。話が筒抜けだと再三警告してやったのだが」
苦笑するオスカルに大佐は目尻を下げた。
「引力の中心がここにおわしますから。自然と引き寄せられてしまうのでしょう」
「褒め言葉として頂いておこう。子ガモを率いる親ガモになった気分だがね」
小さな隊帽をかぶった子ガモが尻を振り振り隊列を組んで必死に親ガモの後を追う姿を一瞬思い浮かべたダグ―大佐はつい笑い声を漏らしてしまった。
「す、すみません、失礼を。どちらかと言えば大地の女神の求心力、と言いたかったのですが」
ぐっと笑いをこらえて見れば、顔を上げた美しい上司は困ったとように眉根を寄せている。目が合った途端、相手も同じように親子カモの隊列の図を思い浮かべていたことを知り、二人は堰が切れたように笑った。
「こ、こんな風に笑える日が来るとは想像したこともありませんでしたよ」
「あはは、全くだ。赴任時は一歩間違えればこちらが焼き鳥にされるところだった」
「隊長がいらしてくださったお陰です。この巡り合わせにはどう感謝してもしきれません」
「大佐の助力があればこそだ。わたしの方こそ感謝に堪えない」
「オートマタの彼にも」
「うん、彼には苦労をかけた」
「よく労ってやってください」
「そうしよう」
兵士の談笑を背に、二人はそれぞれの感慨を味わいながらその日の業務の仕上げにかかった。間もなくダグ―大佐が事務処理を完了して退室すると、窓の外は一段賑やかになった。フランソワとアンドレが合流したらしい。早速アランが茶々を入れる声が聞こえる。
「よう、フランソワ、上達したか?」
「まあね」
「今日は優しいアンドレ先生で良かったな。いい子で褒められたか、ハン?」
「それがさあ、優しかったのは最初だけで今は厳しいの何のって」
「それだけ上達したってことだよ。あともう一息だ」
サポート役が天職らしいアンドレは、オスカルが近衛衛兵協同定例会議に出席する時間を利用して、フランソワに乗馬の手ほどきをするようになっていた。最近では忙しい彼に代わり、隊に復帰した班長も協力してくれるようになっており、フランソワは速歩を習得するまでに上達していた。
班長にはよく怒鳴られていると聞くが、馬への気遣いは班長よりも細やかだとアンドレは評している。元来の心優しさから馬の動きを繊細に読み過ぎて手綱さばきのタイミングが合わないだけで、もう少し経験を積めば人馬一体のいい騎手になりそうだよ、と。
心優しいのも気配りお化けもおまえの方だろう、と素直に口に出すには、隊長殿は若干ふて腐れていた。他人の恋路を応援する彼は、隊長殿の所有欲を刺激するからだ。
もちろん、そんなことは口が裂けても言わない。気配りの天才なら、そのくらい察してしかるべきはずなのに、のっぽなだけに幼馴染みの灯台元は暗かった。
さて。青年が思いのほか筋のいい生徒だったこともあり、他人の足元を照らすのに忙しいアンドレは、彼がもう少し自在に馬を扱えるようになるまで指導を続けるつもりらしい。
大事な彼女を馬に横座りに乗せ、パリを並足で一周してやるくらいであれば、フランソワの馬術は十分な仕上がりであるが、先日会ったフランソワのヴィルナのじゃじゃ馬ぶりからすると、彼女がちんやりおとなしく横抱きされて乗馬する、という想定は無謀なるギャンブルであることが発覚したからだ。
少なくとも大好きだという馬に初めて乗った少女が、血沸き肉躍るに任せて馬上アクロバットを繰り広げても、片手で制御出来るくらいには、青年を鍛えておきたいアンドレ先生だった。
「うん・・・、恩に着るよアンドレ」
おや?オスカルは訝しく思った。当のフランソワに覇気がない。
「そしたら彼女乗せてやるんだよな。いいなあ彼女持ちは」
ラサールに突っ込まれ、フランソワの声が更に勢いを失う。
「彼女じゃないよ、ただの幼馴染」
聞くとはなしに聞き流していたオスカルの羽ペンを持つ手が静止した。『ただの幼馴染』。他人事ながらなぜかあまり聞いて嬉しくない。慌てて両手で頬をぴたぴたと叩き、仕事に注意を戻す。
「進展なしか?情けね~」
「ちょっと黙っててよ、アラン」
「アンドレ先生に書いてもらった火傷しそうなあっちっちのラブレターはどうしたんだよ」
「君のハートに風穴ズッキュン銃弾入りとかね」
「ひゃはは!そ…それアンドレらしいね」
「やめとけ、こいつの弾丸は的を外すぞ」
君たち。君たち。アンドレを知らないな。奴はな、もっと、何と言うか…辛口方面も甘口方面も守備範囲が広大だぞ。おまえたちが想像する以上に、わたしが知る限り辛口のあいつは…。
と、その先はどう言い換えてもフォローになり得ないことを思い出し、オスカルは頭をわしわしとかきむしった。頼むからおまえ達、どこかよそでくっちゃべってくれ。
「弾丸入りか。そのアイデア、良いかもしれないな」
過去の乱行をあてこすられて苦笑いでもしているかと思いきや、なぜか真面目に頷くアンドレの声がした。
「きゃあ、アンドレ素敵に過激~」
「さ…さっそく、ぶ…武器庫へGo!」
ラサールとジャンが喜んで囃し立てる。
アンドレは意に介せずフランソワに進言した。
「手紙に関しては戦略を誤ったと思うぞ。あの娘には婉曲な言い回しは通用しない。装飾無しの直接的表現でなければ通じないだろうな」
「直接的って?」
「ずばり好きだと言わないとダメだ」
そうだろうな、とオスカルも同意した。鈍感さと鋭敏さが面白くミックスされた娘だったが、多分鈍感部門はアンドレの見立て通りだ。
「余計なことは言わず、主旨だけにした方がいい。ハートを射た弾丸とか矢は演出に使える。他に解釈しようがないからな」
「えええ~?じゃあやっぱりモノホンの弾丸を入れるの?」
フランソワ本人よりピエールが大喜びし、アランまで口笛を吹いた。まさかとは思うが、オスカルもつい聞き耳を立てる。
「まさか。本物じゃないよ。例えば弾丸型のドラジェを注文してハート型の箱に入れてプレゼントするとか。ハート型ビスキュイの真ん中に一発めり込んだのとかもいけるぞ。好きそうじゃないか、そういう物騒なやつ」
アンドレ。おまえ、なぜそういう発想を他人のためばかりに駆使するのだ。と窓のこちら側でオスカルが不平を洩らすと同時に窓向こうのアランも一言発した。
「おまえなあ、人の心配より先にそれ隊長にやれよ」
「…黙れ」
「ふん、腰抜けが」
ああ、男達、男達。わたしを引き合いに出すならばそこで話をするのは即刻やめろ。オスカルは脱力しながらも、アランに良くぞ言ってくれたと気持ち感謝した。
「ヴィルナは確かに好きだよ、そういうの…って言うか、何で知っているのさ!あいつの好みとか、ずばり言わないと通じないとか!」
フランソワ、今頃気づいたか、遅い。
オスカルの注意は今や窓外に100パーセント向いていた。
「酒場で会ったからだよ。名乗るつもりはなかったけど、成り行きでね。彼女から間接的に知らされるのは不愉快だろうから先に言っておく」
「アンドレ~~~!あいつは惚れっぽいところがあるんだ、やめてよ~」
「大丈夫だ大丈夫。オスカルも一緒だったし、おれなんかおじさん呼ばわりだった、何にもないって」
「おじさん…」
「へっ!おれは何で隊長が一緒なら大丈夫なのかそいつを知りたいね、お、じ、さん」
「ぐ…っ!」
そうだ、アラン。今日はいいところを突いて来るな。わたしと一緒だから何がどうだと言うのだアンドレ。オスカルは最早誰の味方をしているのか自分でもわからなくなっていた。
「アンドレがおじさん… 」
フランソワはそこで世にも恐ろしいことを思い出した。そうだった、ヴィルナはあれだ。あれにはほとほと困っている。隊長も一緒だったってことは…! 訊くのはこわいが、フランソワは思いきって訊いた。
「ア…アンドレ…。隊長もヴィルナと会ったの?」
「会ったよ。賢い子だと感心していた」
「で…で…。アンドレがおじさんなら、まさか…隊長はお…お…」
「ああ、さすがにオスカルをおばさんとは…」
アンドレ!おまえ、首の根を洗って待っていろ。ふっふ、楽しみだな。非常に楽しみだ。オスカルはぽきぽきと両指を鳴らした。
「じゃ…じゃあヴィルナは…隊長を何て呼んだ…の?」
「ドラ娘」
「うわあああああああああっ!」
フランソワは頭を抱えて座り込み、アランは甲高く口笛を吹きならし、ラサール以下隊員たちはおののき戦慄した。
「お…おまえの彼女…命知らずだな…」
「だから、彼女じゃ・・・」
「すげえ度胸だ」
そして、アンドレがつぶやいた一言は彼らの騒ぎに交じり、幸いなことにオスカルの耳には届かなかった。
「フランソワ、おまえも苦労したんだな。わかるよ」
オスカルは気の毒なフランソワの声で私人から隊長の顔に戻った。時刻を確認すると衛兵交代まであと15分ほどだ。あと10分もすればスタンバイしなければならない。仕方ない、長い夜の前にフランソワを救ってやろう。オスカルはやれやれと首を振ると、窓を大きく開けた。
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