花嫁のパパ 2 ★New★

2026/07/13(月) 18世紀パラレル
ジャルジェ将軍は、妻が言うところの本物の勝利について考えた。親としての究極の勝利は、娘の幸せである、という点では妻と意見が一致したが、女の幸せと言えば結婚以外に何がある(*)、と息巻くと妻からは冷ややかな視線が返ってきた。*個人の感想です。効果を保証するものではありません

結婚したとき、幸せにむせび泣いていたのはおまえではないか、と言い返せば、あなたが覚えているのはそこだけですか?と言い返された。他になにがあると言うのだろう。将軍の考えは行き止まった。

乱痴気婿取り合戦はジャルジェ家を大いに笑いものにした。その張本人を嫁に貰えば、嘲笑の的になること請け合いだ。だから、求婚者はひとりを除き全員去って行った。

一方ジェローデル大佐は、あの人を小馬鹿にした舞踏会に腹を立てず、オスカルの態度の悪さは華麗にスルーし、笑いものの評判をものともしない大きな器であることを見事証明した。その意味では、高くついた婿取りイベントも無駄ではなかったと言える。

そもそも、そのぐらいの寛大さがなければ、オスカルの夫など務まるはずはない。オスカルは結婚をぶっ潰すつもりだったろうが、図らずも理想的な婿候補を発掘する踏み絵を提供してしまったのだ。そう思えば少々してやったりと将軍は思う。

実は、将軍にとって大佐は洗練度が行き過ぎの感があり、ちょっと苦手なタイプだったのだが。『あのジャルジェ家のオスカルさまに求婚する酔狂者』と呼ばれ、『破談か成婚か』賭けの対象にされることなどものともせず、娘に対してはあくまで紳士を貫く姿を見て、ジャルジェ家を託すのはこの男でもまあまあいいか、と妥協したつもりだった。

ところがどっこい、今回の騒動でジェローデル大佐が思った以上に超超お買い得物件であることを再認識した将軍だった。高潔な人柄。加えて家柄良し、教養良し、器量良し、財力良し、将来の出世頭間違いなし。

しかし、このタイミングで結婚を無理に押せば、娘が意固地になるのは目に見えている。娘が自分から結婚したい、と飛び込んでくるような良い太陽作戦はないものか。その時こそ。

『父上のお考えに間違いがあるはずなどございません。わたくしが浅慮でございました』
『うむ、儂の言うとおりであったであろう。わかればそれで良い。幸せになるのだぞ』
『はい、父上。心より感謝いたします』

自分の足下に跪き、はらはらと涙を落とす娘の姿を思い浮かべ、将軍は手にしてもいない妄想の勝利に悦に入った。そう、これこそ究極の勝利、妻も泣いて喜ぶ、娘の無条件降伏だ。

そうは言っても、妄想に耽るだけでは妙案はなかなか思いつかず、将軍はジャルジェ家の求婚者としてジェローデル少佐をたびたび晩餐に招き、やんわりと娘に圧をかける事しかできなかった。


それから間もなくして、オスカルとアンドレが乗った馬車がパリで市民の襲撃を受け、オスカルを庇ったアンドレが重傷を負った。

日々きな臭くなる政情。これは早々に娘を軍籍から抜かねば、と将軍は焦りを新たにしたが、従者を失いかけた娘の取り乱しようがさすがの将軍の目にも痛々しかったので、婿取り合戦は一時休戦の情けをかけたつもりでいたのだが。

あろうことか、オスカルはその隙に、二度とお目にかかれないであろう優良物件を手放してしまった。

表向きはジェローデル家からの破談申し入れだった。オスカルは一体全体どんな手を使って大佐を説得したのか、大佐は将軍が受け入れざるを得ない形で、娘のために幕を引いたのだ。

こっぴどく袖にされながらも決して諦めず、しかし最終的にはオスカルの意志を優先させる。オスカルのために面子をつぶされることも厭わない。わが娘よ、出来過ぎにもほどがあるこの男、おまえは惜しくはないのか!とサーベル突きつけて詰問したい将軍だった。

逃がした魚ほど大きく見える。買わなかった株ほど値が上がる。去りゆく求婚者に燦然と輝く後光を見たのは、娘よりも父の方であった。

一方、娘のもっぱらの関心事は怪我を負った従者の容態一択だった。従者は襲撃現場からほど近かったパリの次女邸に娘が担ぎ込んだ。そのままそこで養生することになったため、娘も次女宅に入りびたり、戻ってくる気配すら見せなかった。

さて、ここまで来ればさしもの将軍もうっすらと感じるものがあった。そういうことか、オスカル。将軍は妻の元へ直行したが、鶏卵からヒヨコが生まれるよりも明快なことを、アメリカ大陸を発見したコロンブス張りに報告したために、呆れた妻にあっさりといなされた。

「あなた、ついにお悟りになりましたのね。これでジャルジェ家の中でその事実を知らないのはあと二人になりましたわ」

何と。自分以外の人間には周知の事実だったのか!黙っているとは妻も人が悪い。で、誰なんだ、あと二人とは!傍目には驚愕のあまり、あわあわと言葉にならない音声を発しているようにしか見えない将軍の問いを正確にキャッチした妻は答えた。

「傍目八目と申します。渦中にいる人間ほど見えないこともございますでしょう」
「かっ渦中だと?では知らぬのは当のアンドレだと言うのだな?」

夫人はふっと窓の外を遠い目で見やってから頷いた。冬至を控え、まだ午後のお茶の時間だというのに、差し込む陽光はもう夕刻のように低く朱色を帯びている。

「ええ、彼は・・・まさか自分がオスカルの想い人だとは知らないでしょう」
「ではあとのひとりは誰だ、その察しの悪いたわけは」

あなたも、数秒前までたわけ者ナンバー3に堂々のランクインしていたのではありませんか?と夫人は口元まで出かかった一言を飲み込んだ。仕方がないのだ、なぜなら。

「オスカルですわ」
「どういうことだ!!!」

どうもこうも、娘は貴方に生き写しですから。一体何がどうしてこうなっているのか皆目見当がつかない夫を横目に夫人は嘆息した。この家の誰もが気づいていることを説明しなければならないのか。

「あれは、婿として理想的なエレメンツしかない男を足蹴にした時、『軍神マルスの子として生きましょう』とか何とかほざいたのだぞ。それが、本当は他に好いた男がいるから(*)だと?しかも、当の本人がそれを知らん?そんなことがあり得るか!?」*あくまでも個人の感想です

あり得るのです。貴方の血を一番濃く受け継いだ娘ですから。夫人は黙って深く頷いた。

🐎 🦌 🐎 🦌 🐎 

将軍はカツカツと靴音を響かせながら、かれこれ半時は夫婦の居間の長径を行き来している。

妻の言うことが本当なら、軍人として生きる道以外に娘は目を向けないだろう。それはアンドレを伴う人生でもあるからだ。仮に、一時的に彼を娘から取り上げてみたらどうだろう。娘は衛兵隊長の責務に音を上げ、本心に気づくのではないか?

いや、その程度で責任を投げ出す娘ではない。そして、娘の緩衝材であるアンドレがいないとなれば、ストレスの向かう先は無残な焦土と化すだろう。例えばジャルジェ家とかが。挙げ句の果てに、本心にはさらにきつい蓋を閉め、責任を全うする方向に命を削る可能性の方が、ありそうで怖い。

もとい、痛々しい。将軍はぶるぶると首を左右に振ると立ち止まり、妻の向かいに腰を降ろした。

「あれが自分の本心に気づいたらどうなる?」
「ご自分に置き換えてお考えになったら?」

だって、似たもの親子でしょ?夫人は口元をほんのりとほころばせ、刺繍を刺す手を止めた。虚を突かれた将軍はなぜか楽しげな妻の顔をまじまじと見つめた。自分に置き換えろだと?

「ええ、あなたならどうなさいます?」
「どうって言われてもだな・・・」

将軍は答えを求めて視線をさまよわせ、眉を左右ばらばらに動かしていたが、ある一点を凝視したかと思うと次第に決まり悪そうにぐりぐりと眉間を指で押し始めた。

そして、片目で夫人を盗み見る。夫人は先ほどと同じ柔らかな微笑みを浮かべたまま、針を動かしていた。

「わたくしは、最初の婚約では幸せになれませんでした」
「う・・・うむ・・・」
「婚約者は穏やかで優しく財力も申し分なく、非の打ち所のない人格者でいらっしゃいましたけれど」
「・・・」
「あなたと結婚できた時は、この世にこれ以上の幸せなんてないと思いましたわ。あなたは?」
「・・・はい(仰る通りで)」

自分はと言えば、穏やかな人格者にはほど遠いやんちゃな若者であっただけではなく、若気の過ちで未来の妻を一時絶望の淵に追いやった前科さえある。たまたま妻の祖父が当時の国王の覚えある高名な画家だったため、結婚の許可が下りたので命拾いした。

でなければ、妻を連れ、無謀な逃避行に本気で及ぶつもりだった。爵位も領地も取り上げられる覚悟もあった。世間などまだ何も知らないのに、見初めた少女を手に入れる代償など惜しむに足らぬと息巻いていた。

その考えは今でも変わらないが、ただ連れて逃げたのでは妻の苦労は並大抵ではなかったろう。普段記憶の最下層に押し込めてある事実は、今やご立派な将軍におなりあそばした御仁には手厳しい。

そんな青二才だった自分との結婚が幸せであったのなら。高尚な人格は、妻にとって幸せな結婚の必要条件ではなかったことになる。

つまり。
『血は争えんということか』

高スペックな人格者を足蹴にするのは、この母の娘だからか。

「ううむ・・・」

妻は粛々と刺繍針を動かしている。上質な乳白色のシルクに同系色の淡いグラデーションで上品な鈴蘭のモチーフが重なる図案だ。抑えた色彩が今風に垢抜けた上品な刺繍である。見たところ、男性用ジレの合わせ部のようだ。

久々に儂に手刺繍のジレを贈ってくれるつもりなのか。将軍はちらと妻の手元を見て考えた。やはり、この妻以外に添い遂げたい女性など考えられない。娘も、自分の本当の気持ちに気づいたなら、後戻りはしないだろう。

15、16の小娘ならいざ知らず、あれももう32才だ。妻をさらって逃げようとした20才の自分より責任ある行動を選ぶ。そう育てた。だが、気性がそのままだとすれば。

いずれ、ジャルジェ家は瓦礫の山と化す。もとい、娘の精神が壊れてしまう。

カツ。

将軍は立ち上がった。夫人は運針の手を止めて顔を上げ、夫の険しい形相にわずかに首を傾げた。夫は眉間の皺を深くゆがめ、瞼をきつく閉じている。頭頂からは一筋の青い湯気が立ちのぼった。ように夫人には見えた。

「アンドレの祖先を100代くらい遡れば、王族のひとりやふたりはおらんかの」

妻にゆっくり振り向いた将軍の眼光は、ろくでもない名案を思いついた興奮に煌めいていた。

「下手な策謀に走らずに私たちのときのように正直に事情をお話しして、結婚許可をお願いしたらどうですか?現国王様は先代とは真逆の方ではありませんか」

あくまでも優しい妻の返しには、将軍を黙らせる参謀総長の威厳が満ちていた。前のめりになっていた将軍の重心が半歩後ろに下がる。夫人は再び手元に視線を戻し、刺繍を再開しながらひとつの悟りに辿りつく。

―― この人の血を引いた男の子が生まれなかったのは、神様の御慈悲だったかも知れないわ。


つづく(しかないよね)

WEB CLAP



WEBCLAPにコメントを下さるお客様へ
コメントにはいつも元気を頂いています。もう、本当に嬉しいです。
で、使用しているこのシステム、どの作についてのコメントなのか、見分けがつかない構造になっているのです。もし良かったら、どの作に対する感想、ご意見なのか、ちょっとメモって下さると、もっと嬉しいです。ありがとうございます。

COMMENT

花嫁のパパ1,2

新作のアップありがとうございます!
う、うれしい😭

アップはないかしら?と毎月、何度も確認しておりました。

嬉しさに震えています♡




NO-TITLE ひろぴー MAIL 2026/07/13(月) 09:30 EDIT DEL
参謀総長奥方様~~~\(^o^)/
お二人のやり取り、最高すぎます!
オスカルさまの幸せを一番に考えていた(将軍もそうですよね)お二人ですもの、なぜこの方向へもって行かなかったのか、悔やまれてなりませんでした。
新作、拝読出来てこの上ない幸せです😭😭
続きを楽しみに楽しみに楽しみにお待ちしております😊m(__)m
ありがとうございます~~~( ;∀;) またたび 2026/07/13(月) 17:39 EDIT DEL
ひろぴーさま
お待たせしました。
こんなんでもよろしかったでしょうか。
仕事でほぼ体力尽きちゃうのですみません。
どうか、楽しんで頂けますように😃
ひろぴーさま もんぶらん 2026/07/13(月) 19:10 EDIT DEL
またたびさま
キャラ崩壊、ご容赦下さいね。
ママ、パパより一歩も二歩も司令塔の目を持っています。陰のラスボス。
ねえ、「貴族でさえあったら」なんて悲壮感漂わせている間に、直談判に行けばいいんですよ。というわけで、続き頑張ります!
またたびさま もんぶらん 2026/07/13(月) 19:20 EDIT DEL

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